ヒーローに恋をして
パシャッ。パシャッ。
白いライトが絶え間なく光る。閃光の中、桃子は微笑んで立っていた。隣には宇野がいる。
並べたパイプ椅子に腰かける芸能記者や放送局の記者たち。パイプ椅子の後ろには各局のカメラ機材が、少しでもいい場所を獲ろうと競るようにして並んでいる。ライトの熱と人の熱気で室内の温度は上がり、それをかき消すように頭上では空調の唸る音が聞こえる。
事務所のデスクをすべて寄せて作った即席の記者会見会場。場所が場所だけにパイプ椅子も多くは並べられず、出入り口近くに固まって立っている取材班も多い。
一斉にたかれていたフラッシュが落ち着いたところで、宇野が口火を切った。
「それではこれから、会見をはじめたいと思います」
その時、バンッと乱暴な音と共に扉が開かれた。皆一斉にその音の方を向く。
「これはどういうことだ」
大声とともに入ってきたのは武井だった。その後ろにはユリアがいる。ユリアは大勢のマスコミに怯んだように眉を寄せ、一瞬後には笑みを浮かべながら記者に頭を下げた。
「どうって、記者会見ですよ見ての通り」
宇野が落ち着いた表情で答えると、武井が焼けた肌を興奮で赤くして、
「そんなもの聞いてないぞ。コウのことは」
「すみません、通してください」
怒鳴る武井を遮って、記者たちの間からその人が体をねじ込むように前へと出す。どよめく声とフラッシュの閃光。
コウ。
カメラを肩に担いだカメラマンがコウの近くへと駆け寄る。据え置き型のカメラがコウに向かってスイッチングされた。
フラッシュをいくつも浴びながら、コウが当惑した顔で桃子を見つめていた。
離れていたのはほんの数日だ。だからコウの見た目に大きな変化はない。最後に見たコウのまま。
それなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。
「なにしてんの?」
力なく、コウが問う。再会したときの桃子の第一声と同じだった。あの時の桃子のように、途方に暮れた顔。
桃子はニコリと笑うと、質問に答える代わりに記者たちに言った。
「コウは移籍しません。ずっとこの、スター・フィールドで私たちと一緒に仕事をします」
コウが驚いたように目を見開く。
「なにを言ってる。約束がちがうぞ」
武井が吼えると、宇野がすかさず返す。
「約束とは、移籍に応じるということですか? どうしてそんな約束をしないといけないんです?」
おもわず、というようにユリアが口を挟んだ。
「週刊誌の記事を、訂正するならって」
「怪我で降板したことは事実じゃないですか。会見でそう言っていましたよね。あとはなにを、わざわざ社長さんに訂正してもらわないといけないんでしょう」
宇野がめがねの奥の目を穏やかに細めると、ユリアは黙って唇をかみしめた。他にも言いたいことはありそうだけど、周りにいるマスコミの目が気になるようだった。
武井がコウに言い聞かせるように言う。
「こんな小さい事務所じゃ、たいした仕事も取れんぞ。今より有名になりたいだろう」
小さい事務所という言葉に宇野が眉を寄せる。桃子もおろした拳を握りしめた。
たしかにスター・フィールドは小さな事務所だ。だけど、ここが桃子の居場所だ。
雑用の毎日も、マネージャーとして駆け回ったことも、きっと無駄じゃない。その日々があったから今があると、そう思えた。
バスケットシューズの代わりに慣れないハイヒールを穿いて走る。
ここが桃子の戦う場所。
桃子のコートだ。
ねぇ――コウ。
コウにとっても、そうでしょう?
コウを見つめる。頭の中にふわりと浮かぶ、茶色いバスケットボール。ポン、ポンと跳ねる先にいるのは、いつだって同じひと。
奪われないように、踏みつけられないように。指先でしっかりと抱きしめる。
丸く光るそれを、コウに向かって放った。
「ただヒーローになりたかった」
届けばいいと、願いながら。
白いライトが絶え間なく光る。閃光の中、桃子は微笑んで立っていた。隣には宇野がいる。
並べたパイプ椅子に腰かける芸能記者や放送局の記者たち。パイプ椅子の後ろには各局のカメラ機材が、少しでもいい場所を獲ろうと競るようにして並んでいる。ライトの熱と人の熱気で室内の温度は上がり、それをかき消すように頭上では空調の唸る音が聞こえる。
事務所のデスクをすべて寄せて作った即席の記者会見会場。場所が場所だけにパイプ椅子も多くは並べられず、出入り口近くに固まって立っている取材班も多い。
一斉にたかれていたフラッシュが落ち着いたところで、宇野が口火を切った。
「それではこれから、会見をはじめたいと思います」
その時、バンッと乱暴な音と共に扉が開かれた。皆一斉にその音の方を向く。
「これはどういうことだ」
大声とともに入ってきたのは武井だった。その後ろにはユリアがいる。ユリアは大勢のマスコミに怯んだように眉を寄せ、一瞬後には笑みを浮かべながら記者に頭を下げた。
「どうって、記者会見ですよ見ての通り」
宇野が落ち着いた表情で答えると、武井が焼けた肌を興奮で赤くして、
「そんなもの聞いてないぞ。コウのことは」
「すみません、通してください」
怒鳴る武井を遮って、記者たちの間からその人が体をねじ込むように前へと出す。どよめく声とフラッシュの閃光。
コウ。
カメラを肩に担いだカメラマンがコウの近くへと駆け寄る。据え置き型のカメラがコウに向かってスイッチングされた。
フラッシュをいくつも浴びながら、コウが当惑した顔で桃子を見つめていた。
離れていたのはほんの数日だ。だからコウの見た目に大きな変化はない。最後に見たコウのまま。
それなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。
「なにしてんの?」
力なく、コウが問う。再会したときの桃子の第一声と同じだった。あの時の桃子のように、途方に暮れた顔。
桃子はニコリと笑うと、質問に答える代わりに記者たちに言った。
「コウは移籍しません。ずっとこの、スター・フィールドで私たちと一緒に仕事をします」
コウが驚いたように目を見開く。
「なにを言ってる。約束がちがうぞ」
武井が吼えると、宇野がすかさず返す。
「約束とは、移籍に応じるということですか? どうしてそんな約束をしないといけないんです?」
おもわず、というようにユリアが口を挟んだ。
「週刊誌の記事を、訂正するならって」
「怪我で降板したことは事実じゃないですか。会見でそう言っていましたよね。あとはなにを、わざわざ社長さんに訂正してもらわないといけないんでしょう」
宇野がめがねの奥の目を穏やかに細めると、ユリアは黙って唇をかみしめた。他にも言いたいことはありそうだけど、周りにいるマスコミの目が気になるようだった。
武井がコウに言い聞かせるように言う。
「こんな小さい事務所じゃ、たいした仕事も取れんぞ。今より有名になりたいだろう」
小さい事務所という言葉に宇野が眉を寄せる。桃子もおろした拳を握りしめた。
たしかにスター・フィールドは小さな事務所だ。だけど、ここが桃子の居場所だ。
雑用の毎日も、マネージャーとして駆け回ったことも、きっと無駄じゃない。その日々があったから今があると、そう思えた。
バスケットシューズの代わりに慣れないハイヒールを穿いて走る。
ここが桃子の戦う場所。
桃子のコートだ。
ねぇ――コウ。
コウにとっても、そうでしょう?
コウを見つめる。頭の中にふわりと浮かぶ、茶色いバスケットボール。ポン、ポンと跳ねる先にいるのは、いつだって同じひと。
奪われないように、踏みつけられないように。指先でしっかりと抱きしめる。
丸く光るそれを、コウに向かって放った。
「ただヒーローになりたかった」
届けばいいと、願いながら。