ヒーローに恋をして
 ただヒーローになりたかった。強くありたいとか無敵でいたいとか、そんなんじゃないけど。
 何者からも君を守れる、そんなヒーローでいたかったんだ。



 驚いたように、食い入るように自分を見つめるコウに笑いかけた。
「私はただの女の子だけど」
 恰好いいヒーローにはなれない。敵も倒せないし、好きな男の子を守ることもできない。
想いを伝えるだけで、こんなにもドキドキしてる。

「コウが好きだよ」
 
 放ったボールが、音を立ててコウの掌に渡ったのを見た気がした。
 コウがハッとしたように瞳を揺らす。記者たちが興奮して立ち上がった。
「コウさん、どういうことでしょうか」
「やっぱり熱愛は本当なんですね」
「移籍について一言」
 矢継ぎ早に質問が飛ぶ。コウや桃子の画を撮ろうと、違う局の記者同士が互いに押し合う。宇野が押さないでください、と声を上げる。

 喧騒の中、
「有名になりたかったんじゃない」
 コウがぼそりと言った。
 
 なんだって? 武井が問い返す。コウが武井に捕まれた腕を手から引き抜く。ディフェンスをかわすオフェンスのように。
 一歩、前へ。

「同じだよ。俺だって、桃子を守りたい。もうずっと、それだけだ」

 まっすぐにコウが桃子を見つめる。

「好きだよ。ずっと桃子が好きだ」

 放ったボールがまっすぐと桃子に返ってくる、その軌跡が目に見えるようだった。
 目の奥がぶわりと熱くなって、衝動のままに駆け寄る。桃子を左右からカメラが追う。気にしてる余裕なんてなかった。

「コウ」
 
 手を伸ばして身を投げ出す。
 コウが一瞬顔を歪めて、それから伸ばした手のままに桃子を引き寄せた。どよめく人たちの声。

 コウの熱と匂いがふわりと体を包んで、それだけのことで簡単に涙が浮かぶ。
 この気もちに気づいた撮影現場でも、こんな風に抱き合った。そうしてまた実感する。

 いつだってこの場所に帰ってきたい。
 ここだけが、私のゴールだ。

 フラッシュが白い花火のように視界の端ではじける。記者が興奮した様子でマイクを向けた。
「やはり映画のキャスティングは私情が入ってたんじゃないですか」

「それは映画を見てから言ってくれよ」
 その声は出入り口から聞こえた。ボサボサの髪によれたシャツを着た城之内が、ドアに寄りかかるように立っていた。
「城之内さん!」
 城之内は眠そうに目をこすると、
「編集抜けて来た。時間ないからすぐ帰るけど」
 驚きに立ち尽くす武井とユリアを横目で見て言った。

「あの記事ね、あれは色々デタラメだから、訂正してるとキリないんで。なんで、一個だけ」
 近くにいる女性記者からマイクを借りると、会場にいる記者たちを見渡した。

「映画は僕が作ってますけど、演じる人と役の相性とか、演技力も重要で」
 話しながら、徐々に桃子とコウの近くまで来る。
「だからあの記事書いた人に言いたいんだけど」
 ぽん、と桃子の肩に城之内の手が乗った。

「僕は彼女がヒロインになってくれてよかったと思ってる。スタッフみんな、思ってる。だから世間の人には映画を見て、決めてほしいって思います。僕の、僕らの判断が、正しかったかどうか」
 
 城之内さん。
 まばたきをひとつして、こみあげた涙を散らす。潤んだ視界に、撮影隊の持つライトが白く光ってきれいだった。たった一つの画を録るために、大勢の大人が重いものを持って汗をかいて走り回って。華やかなイメージの割に、大げさで原始的な世界だ。
 だけど、私の好きな世界だ。

 役者を辞めればコウが戻ってくるんだろうか。そう思ったこともあったけど、今わかった。私はこの場所から離れられない。
 いつか青葉のように、別の何かをめざす日が来るかもしれなくても。
 今はこの世界で、がんばりたいと思うから。

「映画は今年十二月公開予定になってますので」
 いつの間にか隣に来ていた宇野が、刷り上がったばかりの映画のポスターをびらりと広げてみせた。相変わらず商売根性が逞しくて、笑いがこみ上げる。

 ふふっと浮かぶ笑顔のままコウを見上げると、コウも笑っていた。笑みを浮かべたまま、桃子は言う。
「守ってくれなくていいよ」
 問うように見返すコウに、
「私は私の力で、隣にいれるようにがんばるから。だから」
 そっと囁く。

「ずっと一緒にいて」

「――ああ」
 押し殺したような声でコウが頷く。直後、強く抱きしめられた。
「もう離さない」
 決意を秘めた声でつぶやいたコウが、桃子の顎を上向けると、
「コウ!」
 それはまずい、と慌てる宇野の声を無視して、覆いかぶさるように熱いキスをした。

 マスコミのどよめきとともに、フラッシュが星のように爆ぜて。
 固まっていた桃子は、薄く微笑むと目を閉じた。
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