ヒーローに恋をして
ヒーローに恋をして
 吐く息も白い師走。並ぶ街路樹はイルミネーションに彩られ、歩く恋人たちや家族連れが楽しげに写真を撮り合っている。
 緩い坂道になっている街路樹を一番上まで上ると、都内有数のデートスポットとして有名な巨大ショッピングモールが見える。映画館や展望台も入っているその建物の壁面に、雪の結晶やサンタクロースの映像が投影され、歩く人の目を楽しませていた。

 ショッピングモールの駐車場に、一台の社用車のバンが停まった。中から人が降りてくる。サングラスをかけた背の高い男は、夜空と同じ色のスーツに身を包んでいた。男に気づいた周りの女の子が、黄色い声をあげた。興奮した様子でスマホを向ける彼女たちを、彼のそばにいた男が制する。

「コウー!」

 女の子たちが叫びながら手を振る。男が――コウが声援に応えるように片手を振ると、キャーッという金切り声があちこちから聞こえた。

「こっちです」
 コウの隣にいる男、藤倉が腕を伸ばしてコウを守るように横にへばりつく。待ち構えていたスタッフと警備員がコウを囲み、誘導されながら建物へと入る。
「もうすぐ会場入りするそうです」
 集まってきた女の子の声援にかき消されないよう、藤倉が声を上げる。誰が、とは言わなくてもわかる。コウが気にかける人は一人しかいないからだ。

 関係者用のエレベーターの中で、コウはサングラスを外した。映画館のある階に止まると、廊下ではインカムをつけたスタッフが早口でやり取りをしていた。見慣れない揃いのTシャツは、劇場関係者だろう。

「今日なんですけど」
 藤倉が進行表を手渡しながら、これからの流れを説明する。そうしながら片手は尻ポケットのスマホを探り、別のスタッフにメールを送っている。マネージャー歴が長いだけあって、藤倉は仕事が早かった。頼りになる一方で、慣れない仕事を懸命にこなそうとしていた彼女を思い出して寂しくもなる。マネージャーを辞め役者一本になった彼女と過ごす時間は、この数ヶ月減る一方だった。
 だけど、このままにさせるつもりはなかった。

 パネルに嵌められた大きなポスターの前を横切ったとき、ふと首を巡らせてそのパネルを見た。向かい合う男女、その間にあるバスケットボール。

 試合、開始。
 
 大きく書かれたコピーが目に飛び込んできて、ふっと笑みを浮かべた。

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