ヒーローに恋をして
 ブーッ。
 試合終了時に鳴るブザーの音と、映画が始まる前に鳴り響くそれは同じ音だと気づいた。

 特別席として割り当てられていた最前列に、桃子とコウは並んで座っている。タイトルロゴがスクリーンいっぱいに表れると、おもわず隣に座るその手を握りしめる。子ども同士の握手のような握り方。息だけで笑ったコウが、手を動かすと指と指をしっかり絡めた。

「どうしてわからないんだよ」
 画面いっぱいに映る、ジャージを着た男が言う。

 ああ、ナオトだ。
 
 なつかしい旧友と会ったように、胸が締め付けられる。
 コウは今も隣にいるのに、スクリーンに映っている男にもう会うことはないんだ、と思った。

「わかる必要もありません」
 冷たい目で振り返る、女。胸が柔らかく疼く。

「その汚いボールをもって、さっさと出て行ってください」

 モニターで何度もチェックした映像なのに、初めて見ているようなふしぎな感じがした。スクリーンの中、二人はいがみ合いながら、やりあいながら、徐々に距離を縮めていく。

「俺に惚れたくせに」
 自信満々にナオトが言う。ああそうだ。このシーン、台詞が飛びそうになって。
 かわいすぎないか? 城之内がそう言ってたんだっけ。
 
「惚れてなんかいません」
 画面の中で、ユキが言った。真っ赤になったその顔を見て、こくりと息を飲んだ。

 私、こんな顔してたんだ。

 頬に熱が集まる。ユキと同じように赤くなっている気がする。

 あれだけベタベタしてたら、みんな知ってるわよ

 マリコがああ言うのも無理ない。だって、この顔、だれが見たってわかる。

 恋に落ちてる顔だ。

「好きなの」

 裸足で走るユキが、ナオトの胸に飛び込んでいく。微笑むその顔はたしかに自分なのだけど、かわいいと思ってしまった。
 恋をしてるユキが、愛おしく見えてくる。

 好きだ。
 ナオトが好きだ。
 ――コウが好きだ。

 想いが台詞を超えて溢れ出ている。
 恋に落ちていく、その瞬間瞬間を切り取られて、大勢の人たちに晒されて。
 まったく、なんて仕事をしてるんだろう。

 滑稽なような切ないような、それなのになぜか幸せな気もしていて、理由のわからない涙がじわりと目尻を濡らした。

 ナオトがユキを抱きしめる。抱き合う二人の足元を、バスケットボールが転がった。音楽が鳴って、物語は終わりを迎える。
 真黒な画面に浮かぶ白い文字。エンディングロールが流れていく。

 ――――あ。

 ゆっくり下から上へと昇るエンディングロール。真黒な画面に浮かぶ白い文字。

 ナオト役 コウ ユキ役 トウコ

 いちばん上。
 二人の名前が並んで書かれていた。

「これからも」
 ぼうっとクレジットを見つめる桃子に、コウが囁いた。
「ずっと一緒だ」

 浮かび上がった涙でエンディングロールがぼやけて見える。涙越しに、白い文字の流れが夜空に浮かぶ星のように輝いていた。

 場内に明りが灯ると、コウと桃子の名前が呼ばれた。客席から立ち上がった人たちが拍手をする。舞台の端から再度出てきた城之内が手招きして、壇上へと誘う。

 二人は顔を見合わせると、手を取り合って再び舞台に立った。観客が立ち上がって手を振る。たくさんの笑顔。泣いてる人もいる。音と音がぶつかりあって、劇場内いっぱいに声が反響している。

 首をめぐらして、たくさんの顔を見た。城之内。その隣に立つ林。マリコ。舞台袖からこっちを見ている宇野と藤倉。
 そして。

「コウ」
 こみ上げる思いのままに振り返る。歓声の中、コウが言った。

「桃子、結婚しよう」

 一瞬の空白。そして大きな歓声が爆発したように会場を包む。
 桃子は呆然とコウを見つめていた。

「マネージャーじゃなくても、たとえ役者じゃなくなっても。桃子はずっと、俺のヒーローだ」

 甘く笑うコウに胸が震える。この瞬間、また恋に落ちたと思う。
 こうやって、何度も何度も恋をする。だけどいつだって。

 コウの胸に飛び込むと、無数にたかれるフラッシュが二人を包んだ。

 あなたが私のヒーローだ。



 ――END――

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