十一ミス研推理録 ~自殺屋~
3.公開自殺
 十一朗が玄関の鍵を掛け終えた時、裕貴が駆けつけてきた。裕貴のほうに振り返りながら、素早く自転車を外に出す。
「自転車で行こう。胸騒ぎがする」
「わかった」
 お互い自転車を出して、一気にペダルを踏みこんだ。久保の家までは歩いて三分くらいだが、自転車なら一分ほどだろう。
「メールの内容って? なんて書いてあったんだ?」
 十一朗は速度が出始めたところで、必死についてきている裕貴に振り返らずに訊いた。
「裕貴ちゃん。今までありがとう。みんなにもよろしく言っておいてって」
 聞いた途端、十一朗は視界が揺らぐのを感じた。目の前が真っ白になるとはこういうことを言うのだろうか。
「京子が裕貴ちゃんなんて書いたことないし、今までありがとうなんて変だよ」
 裕貴も同じことを考えている。十一朗もそうだ。たった数時間で久保の中で何かが弾けたのだ。あの時、振り払った影が立ち戻るような何かが。
 いつもより半分の時間で久保の家に到着した。自転車を投げ捨てるように降りる。
 全力で漕いできたために地面に足をつけた途端、痙攣して体勢を崩した。ふらつくのも構わずに、全速力で玄関に向かって走る。
 ようやく辿り着いた久保の家。十一朗は玄関の前で息を整えた。裕貴も隣で息を切らしている。
 自転車が倒れる音に驚いたのか、向かいの住人が顔を覗かせて、こちらの様子を見ていた。視線が合うと、カーテンを閉めて隠れてしまう。ここは閑静な住宅街でありながら、近所との対話や接触があまりない、閉鎖された地域なのだろう。
 爆発しそうな心臓の鼓動を感じつつも、十一朗はチャイムを押した。
 チャイムは確かに鳴った。が、室内からは人の気配を感じない。静寂――
 十一朗の中で考えてはいけない一番嫌な予感がフッと浮かぶ。途端に背後にいる裕貴の呼吸が近づいたのを感じた。
「プラマイ……」
 言いながら裕貴は、十一朗の右腕をつかんできた。恐怖と不安からか小刻みに震えている。
 うちの両親共働きだから――そう久保が言っていたのを覚えていた。久保の話に間違いがないなら両親は留守だ。そして、十時に会おうと約束した久保ひとりだけが家にいる。
 いくら待っても人が動く様子はない。思い切って十一朗は、玄関のノブに手を掛けた。
 カチャリという音が鳴る。ノブに重さはない。軽い。力を使う必要もないまま引く。
 扉は開いた。わずかな隙間から中を覗きこむ。人影はない。留守なのか――
 玄関に入ると、静寂だけが存在する空間が、十一朗たちを迎えた。
 鍵の開いた扉、呼び鈴を鳴らしても返事がない。この状態が普通ではないというのは誰だってわかる。
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