十一ミス研推理録 ~自殺屋~
「十一朗。やめよう……」
渾名ではなく十一朗と裕貴が言うのは珍しい。それは懇願ともいえた。本心ではなく、恐怖から出た言葉。『何かが待っている』人の中にある本能がそう叫んでいるのだ。
几帳面な久保の性格は親譲りなのだろう。玄関の端に靴が揃えてあった。一組――置いてあるのは運動靴だ。
両親の物ではなく、久保の物に間違いない。室内に彼女がいるということを示していた。
「久保、いないのか。入るぞ」
十一朗は深く息を吸いこむと、大声で叫んだ。
静まり返った室内は、十一朗の声を反響させただけだった。期待した返事はない。
その途端、音が聞こえた気がした。何回か招待されたことがある家だ。何となくだが、見取り図はわかる。物音は二階からした。おそらく久保の部屋からだろう。
十一朗は靴を脱いだ。裕貴は靴を脱ごうとしないまま、まだ十一朗の右腕をつかんでいる。
行かなければはじまらない。そのために十一朗は来たのだ。
「嫌なら裕貴はここにいろ……」
十一朗が言うと、裕貴はかぶりを振ってから靴を脱いだ。裕貴も同じ気持ちなのだろう。
うやむやな情報だけでは警察もこない。最後まで確認するのは異常を感じた者だ。
裕貴がついてくる気なのを確認してから、十一朗は静かに歩を進めていった。行先は決まっていた。物音の根源であろう二階にある久保の部屋。
階段を上がり、部屋に近づくにつれて、音が大きくなっていく。何の音かはよくわからない。
階段を上がりきったところで久保の部屋が見えた。十一朗の背後から顔を覗かせた裕貴が小さく「あっ」と声を出す。
久保の部屋の扉は開いていた。だから一階まで物音が漏れていたのである。裕貴がごくりと唾を飲みこむのが聞こえた。
同時に十一朗は、久保の部屋から聞こえる物音をはっきりと捉えていた。
ギイ……ギイ……
断続的に響く、物がしなる音――十一朗はこの先に何があるのか、わかってしまった。
刑事の息子の勘、たくさんの推理小説を読みあさって得た知識から引き出された結論――
「裕貴はくるな。ここにいて、俺が叫んだ通りにしろ、いいな」
つかんでいた裕貴の手を振り払って、十一朗は久保の部屋に飛びこんだ。
そして――
十一朗の目の前には、予感した通りの最悪な光景があった。
カーテンの隙間から漏れる僅かな光が、室内を照らしている。転がっている久保の携帯電話が、連絡をする時刻がきたと教えるように鳴りはじめた。
背中に光を受けた久保の瞳は、十一朗の水平線上にはなく、上四十五度の高さにあった。
ギイという音とともに、久保の体が揺れる。顔は蒼白で生気がない。
――久保は首を吊っていた。
渾名ではなく十一朗と裕貴が言うのは珍しい。それは懇願ともいえた。本心ではなく、恐怖から出た言葉。『何かが待っている』人の中にある本能がそう叫んでいるのだ。
几帳面な久保の性格は親譲りなのだろう。玄関の端に靴が揃えてあった。一組――置いてあるのは運動靴だ。
両親の物ではなく、久保の物に間違いない。室内に彼女がいるということを示していた。
「久保、いないのか。入るぞ」
十一朗は深く息を吸いこむと、大声で叫んだ。
静まり返った室内は、十一朗の声を反響させただけだった。期待した返事はない。
その途端、音が聞こえた気がした。何回か招待されたことがある家だ。何となくだが、見取り図はわかる。物音は二階からした。おそらく久保の部屋からだろう。
十一朗は靴を脱いだ。裕貴は靴を脱ごうとしないまま、まだ十一朗の右腕をつかんでいる。
行かなければはじまらない。そのために十一朗は来たのだ。
「嫌なら裕貴はここにいろ……」
十一朗が言うと、裕貴はかぶりを振ってから靴を脱いだ。裕貴も同じ気持ちなのだろう。
うやむやな情報だけでは警察もこない。最後まで確認するのは異常を感じた者だ。
裕貴がついてくる気なのを確認してから、十一朗は静かに歩を進めていった。行先は決まっていた。物音の根源であろう二階にある久保の部屋。
階段を上がり、部屋に近づくにつれて、音が大きくなっていく。何の音かはよくわからない。
階段を上がりきったところで久保の部屋が見えた。十一朗の背後から顔を覗かせた裕貴が小さく「あっ」と声を出す。
久保の部屋の扉は開いていた。だから一階まで物音が漏れていたのである。裕貴がごくりと唾を飲みこむのが聞こえた。
同時に十一朗は、久保の部屋から聞こえる物音をはっきりと捉えていた。
ギイ……ギイ……
断続的に響く、物がしなる音――十一朗はこの先に何があるのか、わかってしまった。
刑事の息子の勘、たくさんの推理小説を読みあさって得た知識から引き出された結論――
「裕貴はくるな。ここにいて、俺が叫んだ通りにしろ、いいな」
つかんでいた裕貴の手を振り払って、十一朗は久保の部屋に飛びこんだ。
そして――
十一朗の目の前には、予感した通りの最悪な光景があった。
カーテンの隙間から漏れる僅かな光が、室内を照らしている。転がっている久保の携帯電話が、連絡をする時刻がきたと教えるように鳴りはじめた。
背中に光を受けた久保の瞳は、十一朗の水平線上にはなく、上四十五度の高さにあった。
ギイという音とともに、久保の体が揺れる。顔は蒼白で生気がない。
――久保は首を吊っていた。