十一ミス研推理録 ~自殺屋~
「久保京子は絞殺されていた。まあ、これはもうわかっていると思うが、その殺害方法が少し変わっていた……監察医の話では地蔵背負いだ」
 地蔵背負いは背後から相手の首に縄をかけ、まさに名前の通り、地蔵を背負うように首を絞める方法だ。力がなくても相手を絞め殺すのが可能なうえに、その索溝(さくこう)が首吊り自殺と似るため、自殺か他殺かの見極めが難しい。
「失禁跡を隠したり、地蔵背負いで殺害したり、相手はおそらく、かなり犯罪捜査学に長けている人間だな……自殺に見せかける方法を知っている」
「先輩も吉川線がないことで、自殺と思っていましたしね……」
 文目が背後で突っこんだのを聞いて、「余計な御世話だよ」と貫野が首を絞めた。しかし、すぐに気を取り直して続きを話しはじめる。
「あと、被害者の右手親指には大きな傷があった。紙で切ったような傷だったらしいが、暴れた時に開いたようだな」
 十一朗は思い出した。自分の服の袖に付いていた血の跡は、久保の手の怪我だったのだ。
 裕貴も「あっ」と声を上げる。
「そういえば京子、指切って、メール打つのが一苦労って言ってた……」
 裕貴の話が終わった途端、貫野は「そこだ!」と相槌を打った。
「それなのにメールを打ったのか、携帯に血がついていた。で――その送信先が」
 貫野は裕貴を指差した。目を見開いている。
「三島裕貴――何でメールを受けたことを黙っていたんだ?」
 裕貴は視線を落とした。言いにくかった理由は十一朗も知っている。
「あれは遺書だった。だから裕貴は隠したんだよ。あんたたちが自殺だって言ってたから」
 十一朗は、裕貴の代弁を決めて貫野に言った。
「だけど、他殺ってわかった今なら見せられるよ。ほら、裕貴」
 十一朗の指示で裕貴は携帯を取り出し、久保の携帯から送信されたメッセージを見せた。

【裕貴ちゃん。今までありがとう……みんなにもよろしく言っておいて】

 それを見た貫野は重い息をついてから、裕貴に携帯を返した。
「他殺だったってことは、こりゃ、犯人が自殺と偽装するために送ったものだな」
 これが今ある自殺屋に結びつく証拠となる。だが、これでは情報が少なすぎた。
 自殺屋に近づく道筋――個人だけで得るのは限界がある。警察の権力を借りるしかない。
 十一朗は自分が得た収穫を、貫野に切り出した。
「公開自殺をした少女のことを関係者に訊いたら、彼女が残した遺書の内容が違うと証言した。逆に、いじめを行っていたらしいんだ。で、その後を追うように自殺した少女なんだけど、彼女は公開自殺した少女を動かして、いじめを命令した首謀者だった。それで俺の見解なんだけど、いじめられていた少女たちの中に重大な何かを隠している者がいると思う」
 一気に説明した十一朗を前に、貫野はしばらく考えこんだ後に口を開いた。
「つまり……はじめの公開自殺には謎がある。あの少女も殺された可能性が高いってことか?」
「ああ……相当、たくさんの人に恨まれていたらしいしね」
 十一朗は冴恵に書きこんでもらったメモを、貫野に手渡した。
「それが、いじめにあっていた少女たちのリスト」
 受け取った貫野はメモを見て、「腐ってんな」と唸るように呟いた。
 この中に自殺屋がいるかもしれない。しかし、書かれているのは、いじめの被害者だ。恨みからの復讐殺人と考えれば、そう感じるのも無理はなかった。
「それと、事情聴取で情報は得られないと思ったほうがいい。妙なことを話せば、逮捕されるとか、自殺屋に殺されるとか、生徒たちの中で都市伝説のような噂が広がっている」
 厳しい捜査の手が冴恵にも及ぶと感じて、十一朗は窘(たしな)めた。貫野は自分の頭をガシガシと荒っぽく掻きながら、円を描くように一周する。
「かー……なら、どうしろって言うんだよ。難題ぶつけんなっての」
「最初の公開自殺事件と久保の事件、その時の少女たちのアリバイを徹底的に調べてくれ。それなら簡単に聴きだせるだろ?」
「さすが刑事部長の息子さん。頭いい」
 すかさず手を打って感心した文目に、また貫野は一撃を入れる。これはパワーハラスメントではないかと疑いたくなるほどの荒れようだ。
「わかった。調べてやるよ……その代わり、新しい情報があったら教えろ」
 貫野は十一朗から預かったメモを内ポケットに捻じこむと、自分の携帯電話番号をメモに書いた。
 貫野の一連の動きを見届けてから、十一朗は差し出されたメモを受け取る。
「そっちも進展があったら教えてくれよ。これは『取引』なんだから」
 お互い顔を突き合わせて笑みを見せ合う。自殺屋を捕まえたいという思いは同じだった。踵を返した貫野は、背中を向けながら手を上げて言った。
「気をつけろよ」
 嫌味な言葉しか言わなかった貫野が、はじめて告げた思いやりの言葉を聞いて、十一朗と裕貴は目を見合わせて笑った。
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