ほたるの初恋、消えた記憶
健人のおじいさんが部屋に入って来るなり、私の前に来て土下座をした。


土下座に驚いて立ち上がると、健人がおじいさんに近づいて、ソファに座らせた。


何が起きてるのか分からない。


驚かせてごめんと健人が言うけど、健人のおじいさんがどうして土下座なんかしたのか、私に謝る事なんか何もないのに。


おじいさんは下を向いたまま、足元を見つめていた。


「ほたるは覚えてないと思うけど、あの日ほたるにぶつかったトラックに、俺とじいちゃんが乗ってた。」


私にぶつかったトラック?


分からない。


「正確に言うと、ほたるに直接ぶつかった訳でなくて、トラックがぶつかったのは青木さんのお母さんになるけど。」


青木さんのお母さんが健人の家のトラックにぶつかった。


私は何処にいたの?


青木さんが分かりやすく話してくれた。


10年前のあの日、祐吾の父親に祐吾は東京へ帰ったと聞かされ、私は自転車で祐吾の車の後を追おうとして、雨の中走ろうとした所に、長島造園のトラックがバックしてきた。


前を見てなかった私に、庭にいた青木さんのお母さんが気づき、私を突き飛ばして自分がトラックにひかれたと言う事だった。


私を庇った青木さんのお母さんはどうなったの。


怖くて聞けない。


もしかして亡くなってしまったのか。


そんなのやだよ。


「ほたるさん、泣かないでください。母は亡くなりましたが、その事故が原因ではありませんから。」


本当だろうか。


「でも、私を助けてケガをしたんですよね。」


「母のケガよりも、ほたるさんのケガの方がかなり重かったんです。」


後から聞いた話だけど、3ヶ月も入院して、目をさました時は全てを忘れていたらしい。


自分の名前も家族も忘れていた。


その事もはっきり覚えていない。













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