見習いサンタクロース
見習いサンタクロース3
今年も聖夜がやってきた。世界中のサンタクロースがたくさんのプレゼントを手に、子どもたちのところへ向かう日が――
あなたは見習いサンタクロース。期待の新人といわれながらも、まだ厳しい修業の中にいる。去年の聖夜にはじめて、プレゼントを配る仕事を任されたばかりだ。
子どもたちにもよく知られるサンタクロースは、何頭ものトナカイにソリを引かせて空を飛ぶ。物音たてずに目的の家に入ったら、子どもの望んだプレゼントを袋から取り出す。
サンタクロースなら当たり前と思われるこの力は、実は魔法の力で可能になる。
あなたは子どもたちに夢を与えるために必死に魔法を勉強して、ようやくこの誇るべき使命を与えられたのだ。
世界中の子どもたちは、ひげを生やしたおじいさんがサンタクロースだと思っている。
ところが、サンタクロースの担当は性別も年齢も関係なく、魔法で仮の姿に変身して仕事に就く。聖夜のある時刻に魔法の使用が許可されて、みながサンタクロースという使命に誇りを持って飛び出すのだ。
貴重な時間を大切にしながら、あなたは必死になって修業をし、今では魔法の力もベテランサンタクロースと比べて中の上になった。
去年は二頭しか繋げなかったトナカイの数も十頭になり、プレゼントを出す魔法の袋も小袋から大袋になった。サンタクロース協会の会長にも、異例の成長ぶりだと褒められた。
更に、今年の夏には魔法昇進試験を受けて、見事合格を果たしていた。
魔法使用には規定と制限があり、好き勝手に使うことは出来ない。強力な魔法は特に細心の注意が必要とされている。
そのため昇進試験に受からないことには、たとえ子どもたちの願いでも叶えることが許されない。
昇進試験に合格することで許可が出たのは「治癒力を高める」魔法で、あなたの念願達成の第一歩となるものだった。
去年の聖夜に出会った少女との約束を、一日でもはやく叶えてあげたかったからだ。
『お姉ちゃんと一緒に、散歩をすることができる子犬をください』
少女が欲しがるプレゼントの内容は、靴下の中のメモというかたちで入っていた。
その時、見習いであるあなたは、子犬を出す魔力を持っていなかった。
そして、少女のお姉ちゃんは病気で入院中だったのだ。
ぜん息を起こしてしまう少女のお姉ちゃんは犬を飼うことが出来ない。犬の毛が症状を悪化させてしまうからだ。
そのため、治癒力を高める魔法の使用許可は、少女の願いを叶えるためには絶対必要だった。
待ちに待った聖夜の時間――あなたは自分に魔法をかけた。子どもたちのイメージ通りのサンタクロースに変身すると、鏡で姿を確認する。
そして、自分に活力を与えるように「よし」と成功を念じて外に出た。
待っていた相棒のトナカイ十頭も使命に燃えているのだろうか。白い息を吐きながら、ひづめを地面にかけては蹴ってを繰り返していた。
一頭一頭に挨拶をしてからソリに乗る。不意にあなたは白い小さなものが視界に入ったことに気づいた。
天上からふわりふわりと雪が舞い落ちてきている。ホワイトクリスマスになっていた。
再会した少女と春にした約束、『ホワイトクリスマスにする』が叶ってしまった。これでは違うプレゼントを考えてもらわないといけない。
白い息を吐いたあなたは、協会から渡された担当地区のリストを開く。
そこであなたは驚いた。担当地区が広くなっているのに配る件数が去年と変わらない。そして、リストには少女の名前と住所がなかった。
あなたは気づいた。春に出会った時の少女の言葉を――
『お姉ちゃん、サンタクロースがいるって信じてくれないんだ』
純真な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのが、サンタクロースの使命だ。
皮肉なことにサンタクロースを信じないお姉ちゃんがいることで、協会の指定から少女の家は外されてしまっていた。
あなたは協会長の話も思い出した。時代の流れとともに、子どもたちがサンタクロースの存在を信じなくなっているということを。
あなたは強く手綱を引いて空へ飛んだ。眼下に見える街は、雪化粧で染まっている。
担当地区の子どもの数は去年と同じ。対し魔法力は修業で上がっている。
ソリのスピードも速くなり、魔法を溜める時間も短縮されている。少女に会う時間と約束を果たす魔法力の余裕はあるはずだ。
心地よい鈴の音を奏でながら進んでいくソリ――
あなたはトナカイたちの背中を見ながら、「後で寄り道するよ」と心の中で声を掛ける。
あなたは一件目に到着すると、眠くなる魔法をかけた。こうすることでサンタクロースは自分の姿を見られないようにしているのだ。
大人も子どもも寝静まったのを確認してから、壁抜けの魔法で中に入る。一件終えたところで時計を見ると、所要時間は去年と比べて二分の一も短縮されていた。
仕事は順調に進んでいった。魔法をたくさん使っても、去年のような疲労感はない。心地よい高揚感がある。
最後の一軒も無事に終わり、あなたは寒さから指先を守ってくれた手袋を見た。少女にもらった手作りの手袋が温かい。
あなたは手綱を引いて再び空へ飛んだ。雪の降りが増してきている。
方向は協会ではなく少女の家だ。あなたは向かい風になり顔に当たる雪と悪戦苦闘しながらも、何とか目的地に到着した。
体に積もった雪を叩き落としながらソリを降りる。その時、窓に貼りつけてある一枚の紙に気づいた。
『サンタクロースさん、お疲れさま』
窓から子ども部屋を覗くと、二人の少女がぬいぐるみを横にクレヨンを手にしていた。
あなたは大袋を手に子ども部屋に入ろうとするが、協会の規定を思い出した。
『子どもに見られてはいけないこと』『リストにない子どもの家に行ってはならないこと』を。
あなたは迷った。このまま少女に会っていいものかと。
その時、部屋の中から声が聞こえた。
「サンタクロースはいるんだよ。今日、ホワイトクリスマスにしてくれたのもサンタさん。雪合戦がしたいって言ったから叶えてくれたんだ」
聞こえたのは少女の声だった。サンタクロースを信じて、窓にメッセージを貼りつけてくれていた。春の約束も覚えてくれていたのだ。
「じゃあ、サンタクロースを呼んでみてよ。待っているのに来ないんだもん。私、眠くなってきたから寝る」
続けて聞こえてきたのは少女のお姉ちゃんだろう。もう一度覗くと少女のお姉ちゃんがベッドに潜りこむのが見えた。
その姿を見た時、あなたはいい案を思い浮かんだ。掌に魔法の力を凝縮させて振り撒く。
きらきらと七色に光る粒が家を包みこみ、中にいる少女に大きなあくびをさせた。睡魔に襲われた少女がベッドに潜りこむ。
あなたはそれを確認してから部屋に入った。部屋の奥には二足の靴下が飾ってある。
少女の靴下とお姉ちゃんの靴下だ。あなたはプレゼントの希望が入っているはずの靴下の中を探った。
中には『健康がほしい』『お姉ちゃんと一緒の時間がほしい』と書かれた紙があった。
去年は無理だったプレゼントも、今では与えてあげることが出来る。魔法を凝縮させたあなたはお姉ちゃんに近づくと、治癒を高める魔法をかけた。
これで来年のクリスマスも、二人一緒で迎えられるはず――
子犬のプレゼントはまだ出来ないので、魔法の大袋に手を入れてプレゼントを取り出した。今年は去年より、もっと大きな犬のぬいぐるみが二つ並んだ。
少女と言葉を交わさなくてもいい。本来のサンタクロースの使命は純真な子どもたちが望んだプレゼントを与えることだ。
ふと見ると、少女の小さな手がベッドから出ていた。指きりのかたちになっていた。
子犬をプレゼントできる魔法が使えるようになった時を想像しながら、あなたは少女と指きりをする。
「ねえ、もしかしてサンタクロースさん?」
不意に背後から聞こえた声に、あなたは振り向いた。薄く眼を開けた少女のお姉ちゃんがこちらを見ていた。
答えを返すことなく、微笑み返したあなたは外に出た。
そう、今年はこれでいいはずだ。
来年はきっと、リストに少女の家の住所があるに違いない。
今日はホワイトクリスマス――
あなたは明日から、サンタクロースの魔法を解いて現実世界へと戻る。
そして来年の聖夜も、純真な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのだ。
あなたは見習いサンタクロース。期待の新人といわれながらも、まだ厳しい修業の中にいる。去年の聖夜にはじめて、プレゼントを配る仕事を任されたばかりだ。
子どもたちにもよく知られるサンタクロースは、何頭ものトナカイにソリを引かせて空を飛ぶ。物音たてずに目的の家に入ったら、子どもの望んだプレゼントを袋から取り出す。
サンタクロースなら当たり前と思われるこの力は、実は魔法の力で可能になる。
あなたは子どもたちに夢を与えるために必死に魔法を勉強して、ようやくこの誇るべき使命を与えられたのだ。
世界中の子どもたちは、ひげを生やしたおじいさんがサンタクロースだと思っている。
ところが、サンタクロースの担当は性別も年齢も関係なく、魔法で仮の姿に変身して仕事に就く。聖夜のある時刻に魔法の使用が許可されて、みながサンタクロースという使命に誇りを持って飛び出すのだ。
貴重な時間を大切にしながら、あなたは必死になって修業をし、今では魔法の力もベテランサンタクロースと比べて中の上になった。
去年は二頭しか繋げなかったトナカイの数も十頭になり、プレゼントを出す魔法の袋も小袋から大袋になった。サンタクロース協会の会長にも、異例の成長ぶりだと褒められた。
更に、今年の夏には魔法昇進試験を受けて、見事合格を果たしていた。
魔法使用には規定と制限があり、好き勝手に使うことは出来ない。強力な魔法は特に細心の注意が必要とされている。
そのため昇進試験に受からないことには、たとえ子どもたちの願いでも叶えることが許されない。
昇進試験に合格することで許可が出たのは「治癒力を高める」魔法で、あなたの念願達成の第一歩となるものだった。
去年の聖夜に出会った少女との約束を、一日でもはやく叶えてあげたかったからだ。
『お姉ちゃんと一緒に、散歩をすることができる子犬をください』
少女が欲しがるプレゼントの内容は、靴下の中のメモというかたちで入っていた。
その時、見習いであるあなたは、子犬を出す魔力を持っていなかった。
そして、少女のお姉ちゃんは病気で入院中だったのだ。
ぜん息を起こしてしまう少女のお姉ちゃんは犬を飼うことが出来ない。犬の毛が症状を悪化させてしまうからだ。
そのため、治癒力を高める魔法の使用許可は、少女の願いを叶えるためには絶対必要だった。
待ちに待った聖夜の時間――あなたは自分に魔法をかけた。子どもたちのイメージ通りのサンタクロースに変身すると、鏡で姿を確認する。
そして、自分に活力を与えるように「よし」と成功を念じて外に出た。
待っていた相棒のトナカイ十頭も使命に燃えているのだろうか。白い息を吐きながら、ひづめを地面にかけては蹴ってを繰り返していた。
一頭一頭に挨拶をしてからソリに乗る。不意にあなたは白い小さなものが視界に入ったことに気づいた。
天上からふわりふわりと雪が舞い落ちてきている。ホワイトクリスマスになっていた。
再会した少女と春にした約束、『ホワイトクリスマスにする』が叶ってしまった。これでは違うプレゼントを考えてもらわないといけない。
白い息を吐いたあなたは、協会から渡された担当地区のリストを開く。
そこであなたは驚いた。担当地区が広くなっているのに配る件数が去年と変わらない。そして、リストには少女の名前と住所がなかった。
あなたは気づいた。春に出会った時の少女の言葉を――
『お姉ちゃん、サンタクロースがいるって信じてくれないんだ』
純真な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのが、サンタクロースの使命だ。
皮肉なことにサンタクロースを信じないお姉ちゃんがいることで、協会の指定から少女の家は外されてしまっていた。
あなたは協会長の話も思い出した。時代の流れとともに、子どもたちがサンタクロースの存在を信じなくなっているということを。
あなたは強く手綱を引いて空へ飛んだ。眼下に見える街は、雪化粧で染まっている。
担当地区の子どもの数は去年と同じ。対し魔法力は修業で上がっている。
ソリのスピードも速くなり、魔法を溜める時間も短縮されている。少女に会う時間と約束を果たす魔法力の余裕はあるはずだ。
心地よい鈴の音を奏でながら進んでいくソリ――
あなたはトナカイたちの背中を見ながら、「後で寄り道するよ」と心の中で声を掛ける。
あなたは一件目に到着すると、眠くなる魔法をかけた。こうすることでサンタクロースは自分の姿を見られないようにしているのだ。
大人も子どもも寝静まったのを確認してから、壁抜けの魔法で中に入る。一件終えたところで時計を見ると、所要時間は去年と比べて二分の一も短縮されていた。
仕事は順調に進んでいった。魔法をたくさん使っても、去年のような疲労感はない。心地よい高揚感がある。
最後の一軒も無事に終わり、あなたは寒さから指先を守ってくれた手袋を見た。少女にもらった手作りの手袋が温かい。
あなたは手綱を引いて再び空へ飛んだ。雪の降りが増してきている。
方向は協会ではなく少女の家だ。あなたは向かい風になり顔に当たる雪と悪戦苦闘しながらも、何とか目的地に到着した。
体に積もった雪を叩き落としながらソリを降りる。その時、窓に貼りつけてある一枚の紙に気づいた。
『サンタクロースさん、お疲れさま』
窓から子ども部屋を覗くと、二人の少女がぬいぐるみを横にクレヨンを手にしていた。
あなたは大袋を手に子ども部屋に入ろうとするが、協会の規定を思い出した。
『子どもに見られてはいけないこと』『リストにない子どもの家に行ってはならないこと』を。
あなたは迷った。このまま少女に会っていいものかと。
その時、部屋の中から声が聞こえた。
「サンタクロースはいるんだよ。今日、ホワイトクリスマスにしてくれたのもサンタさん。雪合戦がしたいって言ったから叶えてくれたんだ」
聞こえたのは少女の声だった。サンタクロースを信じて、窓にメッセージを貼りつけてくれていた。春の約束も覚えてくれていたのだ。
「じゃあ、サンタクロースを呼んでみてよ。待っているのに来ないんだもん。私、眠くなってきたから寝る」
続けて聞こえてきたのは少女のお姉ちゃんだろう。もう一度覗くと少女のお姉ちゃんがベッドに潜りこむのが見えた。
その姿を見た時、あなたはいい案を思い浮かんだ。掌に魔法の力を凝縮させて振り撒く。
きらきらと七色に光る粒が家を包みこみ、中にいる少女に大きなあくびをさせた。睡魔に襲われた少女がベッドに潜りこむ。
あなたはそれを確認してから部屋に入った。部屋の奥には二足の靴下が飾ってある。
少女の靴下とお姉ちゃんの靴下だ。あなたはプレゼントの希望が入っているはずの靴下の中を探った。
中には『健康がほしい』『お姉ちゃんと一緒の時間がほしい』と書かれた紙があった。
去年は無理だったプレゼントも、今では与えてあげることが出来る。魔法を凝縮させたあなたはお姉ちゃんに近づくと、治癒を高める魔法をかけた。
これで来年のクリスマスも、二人一緒で迎えられるはず――
子犬のプレゼントはまだ出来ないので、魔法の大袋に手を入れてプレゼントを取り出した。今年は去年より、もっと大きな犬のぬいぐるみが二つ並んだ。
少女と言葉を交わさなくてもいい。本来のサンタクロースの使命は純真な子どもたちが望んだプレゼントを与えることだ。
ふと見ると、少女の小さな手がベッドから出ていた。指きりのかたちになっていた。
子犬をプレゼントできる魔法が使えるようになった時を想像しながら、あなたは少女と指きりをする。
「ねえ、もしかしてサンタクロースさん?」
不意に背後から聞こえた声に、あなたは振り向いた。薄く眼を開けた少女のお姉ちゃんがこちらを見ていた。
答えを返すことなく、微笑み返したあなたは外に出た。
そう、今年はこれでいいはずだ。
来年はきっと、リストに少女の家の住所があるに違いない。
今日はホワイトクリスマス――
あなたは明日から、サンタクロースの魔法を解いて現実世界へと戻る。
そして来年の聖夜も、純真な心を持った子どもたちのところへプレゼントを渡しに行くのだ。