見習いサンタクロース
見習いサンタクロース4
 今年も聖夜がやってきた。世界中のサンタクロースがたくさんのプレゼントを手に、子どもたちのもとに向かう日が――
 あなたは見習いサンタクロース。子どもたちに夢を与えるために、この誇るべき使命を与えられていた。
 そして、クリスマスプレゼントを配る仕事を与えられてから、既に二年。期待の新人といわれて、修業をしていた頃も今は懐かしい。
 世界中の子どもたちは、ひげを生やしたおじいさんがサンタクロースだと思っている。
 ところが、サンタクロースの担当は性別も年齢も関係なく、魔法で仮の姿に変身して仕事に就く。聖夜のある時刻に魔法の使用が許可されて、みながサンタクロースという使命に誇りを持って飛び出すのだ。
 子どもたちにもよく知られるサンタクロースは、何頭ものトナカイにソリを引かせて空を飛ぶ。物音たてずに目的の家に入ったら、子どもの望んだプレゼントを袋から取り出す。
 サンタクロースなら当たり前と思われるこの力は、実は魔法の力で可能になる。
 みなが魔法の力を上げる修業を隠れて続けながら、一般人と比較しても変わらない生活をしている。サンタクロースには学生もいれば社会人もいるのだ。
 そんなサンタクロースの仕事に誰もが誇りをもって就いている。あなたもその一人だ。
 貴重な時間を大切にしながら、必死になって修業したあなたは、今までの成果を賞され、今年で見習いサンタクロースを卒業することになった。
 聖夜の卒業試験の内容は、これまでの経験を生かして、どこまで目的を果たせるか。
 これを終えると、サンタクロース協会から聖夜の強力な魔法使用が許可される。魔法の袋から取り出すプレゼントの種類が増えるのだ。
 ただし、強力な魔法の使用が許可されても、魔法力がなければ子どもたちが望むプレゼントを出すことは出来ない。日々の魔法力を上げる修業の成果で、ようやく可能になるのだ。
 待ちに待った聖夜の時間――あなたは自分に魔法をかけた。子どもたちのイメージ通りのサンタクロースに変身すると、鏡で姿を確認する。
 そして、自分に活力を与えるように「よし」と心に念じて外に出た。
 白い息を吐いたあなたは、協会から渡された担当地区のリストを開く。
 はじめてサンタクロースの仕事をした聖夜の日に出会った、心優しい少女の名前があるのを祈りながら。
 そして、確認したあなたは白い息を吐いた。
 去年とは違って、プレゼントを配る件数が増えている。リストにも少女の名前があった。
 それは、子どもたちがサンタクロースの存在を信じ、夢と希望をもっている証拠といってもいい。
 待っている相棒のトナカイ十頭も使命に燃えているのだろう。大きな声でいなないてから、頼もしい目であなたを見た。
 一頭一頭に挨拶を交わしてからソリに乗る。そしてあなたはプレゼントを取り出す特大の袋を後ろに、手綱を強く引いて空へ飛んだ。
 心地よい鈴の音を奏でながら進んでいくソリ――
 上を見ると満天の星。昨年は吹雪で荒れたホワイトクリスマスだったが、今年は違う。
 あなたはその星々を見ながら、「ああ、この星の数と同じくらい子どもたちの夢はあるのだろうな」と考える。
 あなたは一件目に到着すると、眠くなる魔法をかけた。そして壁抜けの魔法で中に入る。子どもが用意した靴下の中にある紙の願いの品物を出せば、それで一件の仕事は無事終了だ。
 今年で三回目のサンタクロースの仕事なので、作業は順調に進んでいった。
 そして、最後に向かうのは、一昨年と昨年に訪れた少女の家だ。あなたは少女にもらった手作りの手袋の温かさを感じながら手綱を引いて空へ飛ぶ。
 見慣れた街の見慣れた夜景。けれど昨年と違って胸が躍っている。
 目的地に到着すると、昨年と同じように窓に紙が貼ってあった。
『サンタクロースさん、お疲れさま』
 そっと子ども部屋を覗こうとしたあなたの耳に、子犬のなき声が入ってきた。
 続けて子どもたちの笑い声。部屋にはあの少女と少女のお姉ちゃん。そして、少女と同じ歳くらいの子どもが二人いた。
 親戚なのだろうか。寝間着姿で今日はこの家に泊まるようだ。
「ね、可愛いでしょ。病気が治ったのなら飼ったらいいよ」
 その友だちの言葉を聞いて、少女のお姉ちゃんは首を縦に動かすと、
「病気はサンタクロースさんに治してもらったの。せっかく治ったんだもん。だから、子犬は春に、お母さんに買ってもらう約束なんだ」
 子犬を優しく抱き寄せて、あふれんばかりの笑顔をうかべた。
 少女とはじめて出会った時に交わした約束は、「いつか子犬をプレゼントすること」だった。しかし、ベテランサンタクロースにしか使えない命を創造する魔法は、短く見積もっても十年の修業時間が必要な高度魔法。あなたには、まだその魔法力が足りない。
 少女に子犬のプレゼントは出来ないのだ。けれど約束を待ってもらうには期間が長すぎる。あなたは複雑な気持ちになった。
 約束をした少女の表情もどこか重い。
 その姿を見た時、あなたはいい案を思い浮かんだ。掌に魔法の力を集めてから振り撒く。
 きらきらと七色に光る粒が家を包み込み、中にいる少女たちに大きな欠伸をさせた。
「何だか眠くなってきちゃった。今日は、もうおやすみなさい」
 部屋を出て行く二人と子犬を確認すると、あなたは更に凝縮させた眠りの魔法の力を振り撒く。すると、少女と少女のお姉ちゃんもベッドに潜りこんだ。
 あなたはそれを確認してから部屋に入った。部屋の奥には二足の靴下が飾ってある。あなたはプレゼントの希望が入っているはずの靴下の中を探った。
 中には『サンタクロースになる方法が知りたい』と書かれた紙があった。
 そして少女が書いた手紙も。
 そこには、『今までプレゼントをありがとう。私もサンタクロースさんのように、たくさんの子どもたちに、たくさんのプレゼントと優しさをあげたいです』とあった。
 純真な子どもたちが望んだプレゼントを与えることがサンタクロースの仕事だ。
 きっと少女は優しいサンタクロースになれるはず。ふと見ると、少女の小さな手がベッドから出ていた。指きりのかたちになっていた。
 去年と同じように少女と指きりをした、あなたは筆を取り出す。それはサンタクロース協会が子どもたちに手紙を渡す時にと許可した、魔力が込められた筆だ。
 この筆で書かれた文字は、純真な子どもにしか読むことが出来ない。
 何年後かに少女がサンタクロースになった日を想像しながら、あなたは少女への手紙を書き終えると靴下の中に入れた。
 そして、魔法の大袋に手を入れてプレゼントを取り出した。少女が飼うであろう、犬の首輪やリードといった物だ。
 プレゼントを少女の枕元に置くと、あなたは外に出た。
 不意に頭の中で鈴の音が鳴り響く。それは卒業試験終了と合格を知らせる音だ。
 世界中にたくさんの子どもたちがいるように、たくさんのサンタクロースも聖夜には世界中を駆け回っている。
 その一員になれたということは、世界中の子どもたちに夢を与えるということ。少女もサンタクロースの使命に憧れてくれている。
 虚空に溶け込もうとした真っ白な呼気をつかむと、あなたは魔法の力を凝縮させた。
 そして、一気に魔法の力を解放して散らせた。キラキラと細かい氷の粒が形をなして雪となる。
 今年もホワイトクリスマス――
 あなたは明日から、サンタクロースの魔法を解いて現実世界へと戻る。
 そして、来年も再来年も聖夜には子どもたちのために、夢というプレゼント魔法を解き放つ。
 サンタクロース協会に見習い卒業の証書をもらい、更に上の段階へと進むのだ。
 少女が見習いサンタクロースになった頃。
 自分がベテランサンタクロースになって、高度な魔法を使えているという、これからを信じて――
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