鬼に眼鏡
『さあ! 君も違う自分を見つけよう! あの有名人もみんなが違う自分を見つけてる!』
 店内に入ると、派手な売り文句が放送されていた。
 奥の大型テレビには何の変哲もないサラリーマンが眼鏡を掛けた瞬間、怪獣を打ち倒す巨大ヒーローに変身するというコメディ映像が流れている。
 そして、雅夫と玲奈の足音を聞いた店員たちが、一斉に二人に目を向けた。
 その店員全員が眼鏡を装着していて、逆行を浴びた店員全部の眼鏡がきらりと光る。
「きゃー! あれ、ウルトラ眼鏡マンの人!」
 玲奈が店員のひとりを指差しながら、歓喜の声を上げる。
 おそらく店長なのだろうが、悲しいことに映像を見てしまったせいで威厳はゼロだ。
「写真撮っていい?」と店長に聞く玲奈を前に、雅夫は息を吐くしかなかった。
 店長が快く了解しているのが妙に雅夫には腹が立つ。本気では睨みつけていないものの、雅夫の視線に気づいた店長が、「ひっ!」という妙な奇声を発した。
「あ……大丈夫ですよー。噛みつきませんから」
 雅夫の顔を見て、必要以上に怯える店長に玲奈が言う。それに雅夫は思わず身を乗り出した。
「俺は猛獣か!」
「見た目は凶暴でも、本当にいい子なんですよ」
「……」
 これ以上言うのも無駄と感じて雅夫は黙った。雅夫の数々の記憶上、第三者の前で玲奈に突っこめば突っこむほど、鬼が小動物を襲っていると思われ、泥沼状態になる。 
 警察官を呼ばれた経験もあり、玲奈に対しての雅夫の行動はかなり制限され、拳どころか突っこみすら世間的には許されない現状となっている。
「品物を自由に手に取っていただいても構いませんので……」
 丁寧に言う店員だが、声は震えている。雅夫が未だ見つめ続けているからであろう。
 それを横に、玲奈が店員の話を聞いて、店頭の商品を掛けはじめていた。
 写真加工ソフトでどれが似合うのかはいくらか研究していた様子で、選んで掛ける手際はかなりいい。
 玲奈の家で、自分が眼鏡を掛けた画像を見られなかった雅夫は、恐る恐る眼鏡を取った。玲奈が雅夫のそんな様子に気づいてか、近づいてきて興味心身に見つめる。
 鏡を見ながら眼鏡をかけた雅夫の目には、自分ではない自分が映っていた。
「……かなり、いいんじゃん……これ」
 かなり縁の黒い眼鏡を選んだせいか、縁が目立って余り眼つきの鋭さが気にならない。
 不真面目そうな顔も、微妙に頭が切れそうな顔になっている。
 修正前、修正後――「嘘……これが私?」と言ったような心境に雅夫はなっていた。
 鏡に映っている雅夫を見ながら、玲奈が口を開ける。
「雅夫かなりいいよ。やくざから、プチやくざくらいにはランク下がってる」
「ランク下がってていいって、褒めてんの? けなしてんの? 何か意味おかしくない!?」
「一分一厘位は成功するよ」
「確率低っ! もとはいくつだったの!?」
 玲奈に突っこみ続けた雅夫は、彼女が眼鏡を掛けていることに気づいた。
 出かける間際に見てきた、気の強そうなキャリアウーマンでも勉強熱心な控えめな子でもない、大きめのサングラスをかけている。
「なんかさ。タヌキかパンダみたいなんだけど……」
「タヌキかパンダ? まだ言われたことない! やったー」
「……」
 ちなみに雅夫は褒めたわけではなく、玲奈が喜ぶ場所ではない。――念のため。
「雅夫も、これ掛けてみて!」
 すると、有無を言わさず玲奈が無理やり、雅夫に自分が掛けていたサングラスを掛ける。
「あ……ごめん……」
 掛けた途端、玲奈は申し訳なさそうに謝ると、視線を落とした。
「わかってたはずだよなぁ! 俺がサングラス掛けたら、や○○に見えることくらい!」
 玲奈のボケは日常茶飯事と知りつつも、雅夫は突っこんでしまう。
 そこに、店長が近寄ってきて口を開ける。
「あの、宮本さま……以前、入会してもらった時の――」
「だから、宮本って、誰っ!?」
 次々と発生する、呆れた展開に雅夫は突っこみ続けると、疲れてがっくりと項垂れた。
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