鬼に眼鏡
(後編)そして春がくる
更に三日後――雅夫は玲奈とともに自宅の鏡の前にいた。
念願の眼鏡が出来あがり、いざ二人で確認とあいなったわけなのだが、雅夫は緊張気味だ。
眼鏡店で互いに見せ合おうと雅夫は言ったのだが、玲奈は家でと主張して聞き入れようとはしなかった。
しかし、「玲奈に何と言われるかわからない」という緊張よりも、「こいつ、俺のことが本当に好きなんだろうか」という気持ちのほうが雅夫には強かった。
兄貴のやつ――いらんことを話してくれたな……妙に気を遣っちまう。
そんな思いもあって、いつも見られる玲奈の顔に視線を向けられない雅夫である。
「ウルトラ眼鏡ウーマンに変身!」
当の玲奈は何も感知していない様子ではしゃぎ、眼鏡を真っ先に装着していた。
「ね、ね、どう? 頭良さそうに見える?」
「……ああ、似合ってるんじゃない……」
まともに顔を合わせられずに、雅夫は玲奈に答える。
「雅夫さーん! 本当に見てますかー!」
「おおわあああぁぁぁっ!」
玲奈が顔を近づけて訊いてきて雅夫は思わず仰け反り、椅子ごと後方にひっくり返った。
「いきなり、顔を近づけるな! 驚くだろ!」
体勢を立て直しながら叫ぶ雅夫を見ながら、玲奈は首を傾げる。
「今日の雅夫、何か変だよ……お酒飲んだみたいに顔が赤いもん。熱でもあるの?」
「ない、ない! 掛けよう! 俺も眼鏡!」
慌てた雅夫は、自分も眼鏡を取り出して掛けた。
瞬間、パッと視界が明るくなった感覚に雅夫は捉われた。
「結構、明るく見えるもんなんだなー。これ……」
眼鏡を発注して一週間近くかかったのは、雅夫も玲奈も視力に合わせて作ってもらっていたからである。
意外にも視力0.6と検査でわかって、雅夫は眼鏡にお世話になることとなったのだが、眼鏡を掛けるだけで、ここまで世界が変わるなどとは思いもしなかった。
「雅夫! こっち向いて!」
玲奈から声が掛かって雅夫が振り向くと、カメラのシャッター音が響いた。
デジカメを手にした玲奈が、撮った画像を確認しつつ、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お前なー。また……」
玲奈が自分の写真を利用して遊ぶと思って、雅夫は詰め寄った。
「あのさぁ、今からプリントアウトしてあげるから、この写真を履歴書に貼って、明日の面接は行きなよ……絶対、そっちのほうがいいし、採用してもらえるから」
玲奈が言ったのは、明日、雅夫が面接すると知っていての労いの言葉だった。
「ほら」と言って玲奈が見せた画像には、かなり写りのいい雅夫がいる。
「……うん。俺もこっちのほうがいいと思う」
「上手く加工すれば顔色も良くなるし、イメージもかなり変わると思うんだ。今からしてみるね……明日には間に合わせないといけないし――」
デジカメ片手に、雅夫の部屋の窓を開けた玲奈は、隣の自分の部屋の窓も開け――
「じゃあ、戻る!」
スカートなのにも構わず、窓から窓へと大きく跨いで跳び移る。
「……下で兄貴が見てたんだけど」
居ると雅夫は気づいていたのだが、玲奈の動きがはやくて忠告が間に合わなかった。
「嘘っ!? 遼平のエッチ!」
覗きこんでも、先程まであった兄の姿はどこにもない。
「証拠不十分で起訴は無理だなー。故意でもないし」
「もー……最低っ! 雅夫、後で叱って!」
「俺に兄貴を叱る力量と権限があればね……」
玲奈が窓を閉めた直後に、兄の遼平が雅夫の部屋をノックもせずに入ってきた。
「解説欲しいか? 拝聴料二百円で」
言ってきた兄に雅夫がひくついた笑みを見せたら、二百円プラスされた。
「出てけっ! なに考えてんだ!」
ベッドの枕を思いっ切り投げつけると、兄が足を振り上げ、華麗なダイレクトパスを返してきた。思いがけないパスに反応し切れず、雅夫は顔面で枕を受けてしまう。
何も言えずに、倒れ込んだままの雅夫を無視して、兄がドアを閉め、
「俺、スーパーマンじゃなくて、バッドマンだから」
と扉越しで言っていた。
――ほらな、兄貴を叱る力量も権限も俺にはないんだって。
そう思いつつ、去り際に兄が言ったセリフに対し、「うまい!」。けど、褒めたくねえ! と、つい突っ込み気質の雅夫は、心の中で叫んでいた。
念願の眼鏡が出来あがり、いざ二人で確認とあいなったわけなのだが、雅夫は緊張気味だ。
眼鏡店で互いに見せ合おうと雅夫は言ったのだが、玲奈は家でと主張して聞き入れようとはしなかった。
しかし、「玲奈に何と言われるかわからない」という緊張よりも、「こいつ、俺のことが本当に好きなんだろうか」という気持ちのほうが雅夫には強かった。
兄貴のやつ――いらんことを話してくれたな……妙に気を遣っちまう。
そんな思いもあって、いつも見られる玲奈の顔に視線を向けられない雅夫である。
「ウルトラ眼鏡ウーマンに変身!」
当の玲奈は何も感知していない様子ではしゃぎ、眼鏡を真っ先に装着していた。
「ね、ね、どう? 頭良さそうに見える?」
「……ああ、似合ってるんじゃない……」
まともに顔を合わせられずに、雅夫は玲奈に答える。
「雅夫さーん! 本当に見てますかー!」
「おおわあああぁぁぁっ!」
玲奈が顔を近づけて訊いてきて雅夫は思わず仰け反り、椅子ごと後方にひっくり返った。
「いきなり、顔を近づけるな! 驚くだろ!」
体勢を立て直しながら叫ぶ雅夫を見ながら、玲奈は首を傾げる。
「今日の雅夫、何か変だよ……お酒飲んだみたいに顔が赤いもん。熱でもあるの?」
「ない、ない! 掛けよう! 俺も眼鏡!」
慌てた雅夫は、自分も眼鏡を取り出して掛けた。
瞬間、パッと視界が明るくなった感覚に雅夫は捉われた。
「結構、明るく見えるもんなんだなー。これ……」
眼鏡を発注して一週間近くかかったのは、雅夫も玲奈も視力に合わせて作ってもらっていたからである。
意外にも視力0.6と検査でわかって、雅夫は眼鏡にお世話になることとなったのだが、眼鏡を掛けるだけで、ここまで世界が変わるなどとは思いもしなかった。
「雅夫! こっち向いて!」
玲奈から声が掛かって雅夫が振り向くと、カメラのシャッター音が響いた。
デジカメを手にした玲奈が、撮った画像を確認しつつ、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お前なー。また……」
玲奈が自分の写真を利用して遊ぶと思って、雅夫は詰め寄った。
「あのさぁ、今からプリントアウトしてあげるから、この写真を履歴書に貼って、明日の面接は行きなよ……絶対、そっちのほうがいいし、採用してもらえるから」
玲奈が言ったのは、明日、雅夫が面接すると知っていての労いの言葉だった。
「ほら」と言って玲奈が見せた画像には、かなり写りのいい雅夫がいる。
「……うん。俺もこっちのほうがいいと思う」
「上手く加工すれば顔色も良くなるし、イメージもかなり変わると思うんだ。今からしてみるね……明日には間に合わせないといけないし――」
デジカメ片手に、雅夫の部屋の窓を開けた玲奈は、隣の自分の部屋の窓も開け――
「じゃあ、戻る!」
スカートなのにも構わず、窓から窓へと大きく跨いで跳び移る。
「……下で兄貴が見てたんだけど」
居ると雅夫は気づいていたのだが、玲奈の動きがはやくて忠告が間に合わなかった。
「嘘っ!? 遼平のエッチ!」
覗きこんでも、先程まであった兄の姿はどこにもない。
「証拠不十分で起訴は無理だなー。故意でもないし」
「もー……最低っ! 雅夫、後で叱って!」
「俺に兄貴を叱る力量と権限があればね……」
玲奈が窓を閉めた直後に、兄の遼平が雅夫の部屋をノックもせずに入ってきた。
「解説欲しいか? 拝聴料二百円で」
言ってきた兄に雅夫がひくついた笑みを見せたら、二百円プラスされた。
「出てけっ! なに考えてんだ!」
ベッドの枕を思いっ切り投げつけると、兄が足を振り上げ、華麗なダイレクトパスを返してきた。思いがけないパスに反応し切れず、雅夫は顔面で枕を受けてしまう。
何も言えずに、倒れ込んだままの雅夫を無視して、兄がドアを閉め、
「俺、スーパーマンじゃなくて、バッドマンだから」
と扉越しで言っていた。
――ほらな、兄貴を叱る力量も権限も俺にはないんだって。
そう思いつつ、去り際に兄が言ったセリフに対し、「うまい!」。けど、褒めたくねえ! と、つい突っ込み気質の雅夫は、心の中で叫んでいた。