鬼に眼鏡
 翌朝、雅夫は面接に行く準備をしていた。
 履歴書に添付した写真は、玲奈が加工してくれた眼鏡を掛けた写真で。
 勿論、いつもより書類は丁寧に気合を入れて書く。立てていた髪は下ろしてセット。
 玲奈に笑われた七三分けで、眉書きオッケー、ひげ剃りもオッケー完璧!
 目的地到着は三分前で、必ず「おはようございます」の挨拶を心掛けて――
 ――今日で面接二十件目である。
 雅夫にもいい加減、職種を選ぶという余裕がなくなりはじめていた。
「きっとわかってくれる会社がある。やる気と努力する意思を見せれば――」
 やる気百二十パーセント。どこの会社でも自分を採用してくれるのなら、対応も誠意をこめ、初志貫徹の精神をもって――
 雅夫の思いは、採用してくれる場所への気持ち一点に変わっていた。
「落ち着いて、自信を持って――」
 その気持ち片手に雅夫は部屋を出た。
 すると部屋の前で兄の遼平と会い、背を向けられる。小刻みに肩が震えているのが妙に気になりつつも家を出た。
 玄関を出たら、今度は偶然、玲奈と会って爆笑された。
 そこで、雅夫は兄の肩が震えていたのは笑っていたためだと、はじめてわかったのだった。
 気を取り直して歩を進めると、今度は買い物に行く準備で車を出す母に会った。
「行ってきます」と母に向かって言ったら、「あら、お父さん。まだ出掛けてなかったの」と言われた。
 似てるのは確かだが、蛙の子は蛙とも言うし――って本当はおたまじゃくしなんだけど。
 ――といういつもの突っ込みはなしにして、息子と旦那を間違えるのもどうかと雅夫は感じたが、敢えて何も言わず足を目的地に向けた。
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