鬼に眼鏡
「はー、クラスで決まってないの俺だけじゃん。端から撃沈ってどういう訳よ……」
 勉強机に手鏡を置くと、雅夫は重い息を吐いて項垂れた。
 高校三年生猪狩雅夫、現在就職活動中! 頼まれた仕事は喜んでお引き受け致します。やる気百二十パーセント。病気とは無縁。対応も誠意を込め、いつでも笑顔を心掛け――
 どんな職種も喜ぶはずの紹介なのに、何故か雅夫のもとには明るい報告が訪れない。
 冬至も過ぎ、陽も長くなってきた。桜の蕾も春の訪れを待つように膨らみ始めている。
 春は季節の始まり、蓬着と別離の季節でもある。人生の出発点に立つ者も多い。
 それなのに自分は――
「……見掛けで人を判断するなぁ! 人間中身だぁ!」
 沸々と煮えたぎってきた抑え切れない感情を爆発させて、雅夫は書類を壁に思いっきり投げつけた。
「……はぁ」
 飛び散った書類をしばらく眺め見て、冷静になった雅夫は、床に散らばった書類である履歴書を拾い、机に座る。
 今日行った会社も面接で落とされた。就職活動連敗中――これで十八件目。
 書き終えた履歴書を見て、雅夫は思いに耽る。人は中身で価値が決まる。優しささえあれば――とかなんて、所詮、慰めに過ぎないのではないかと。
「あきらめないどこう。仕事なんて、接客業や営業、事務以外にもあるんだし……」
 健康だけが取り柄。仕事をする意欲は十分。初任給で家族と一緒に外食をと思っている。
 だからこそ、諦める訳にはいかない。
 気持ちを切り替え、職種を検討しようと、雅夫がパソコンに手を掛けた瞬間、
「ドゴッ」という鈍い激突音が、窓のほうで響いていた。
 見ると、そこには窓に張りついている人の顔がある。
 その奇妙に潰れた顔が、口をパクパクと開いて何かを訴えはじめた。
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