鬼に眼鏡
 授業も終了し、帰宅時間が迫った頃である。雅夫は玲奈に突然、友達を通じて呼び出された。
「雅夫……お願い。一生のお願いがあるんだけど……」
 一生のお願いという出だしで、何度か玲奈の我が儘な願いに雅夫は振り回されていた。
「一生のお願いって、大抵は一生で一度だろ……」と、玲奈に突っ込んだ時がある。
 その時は、「えー。一生分の気持ちをこめて、頼んでるって意味だよ!」と、言いくるめられて、雅夫は唖然とするしかなかったのだが――
 どうせ今回も同じことだろう。そう思った雅夫だったが、玲奈の様子はいつもと明らかに違っていた。
 玲奈の思い詰めた表情に、雅夫はいろいろな想像を膨らませていく。
 友達に虐められて、金を要求されたのではないか。嫌な男に付き纏われていて、怖い目にあっているのではないかと――
「お願い助けて! 私一人じゃ、どうしようも出来ないの!」
 玲奈の目が潤んでいるのを見て直感した。これは、男に言い寄られているほうに違いない。
「何でも言え! 助けてやるから!」
「お願い! 駅前のミルクパフェに一緒に行こう!」
「はぁっ?」
 次の瞬間、雅夫が呆気にとられたのは言うまでもない。
 駅前のミルクパフェとは、甘味の種類が豊富と女子高生から人気の喫茶店だった。
 帰宅時間には寄り道した女子高生で超満員。はっきり言って男子が行きにくい店である。
「友達と行け……なんで俺がお前と行ってやらにゃぁいかんのだ……」
「助けてくれるって言ったのに! 雅夫の嘘つき! これから雅夫の言うこと全部信じてあげない! 人を平気で騙す詐欺師って思ってやる! みんなにも言いふらすからっ!」
 ふぐのように頬を膨らませて、玲奈が怒りの声を上げる。
 それだけならまだましだが、玲奈は小学生の頃、その話術で学級委員長の座を手にしていただけに、相手を黙らせる弁舌能力に長けていて、いつも雅夫は言い負かされていた。
「詐欺師ぃ? 大袈裟なこと言うんじゃねえよ! あんな場所、男の俺が行けるか!」
 叫んだ雅夫の眼前に、玲奈が雑誌を広げて突き出す。
 そこには絶対に一人では食べ切れないと断言できる程の、巨大なパフェの写真があった。
「新商品ハートフルティーパフェがね、カップル限定なの! 真弓と涼香が彼氏と行って食べたらしいんだけど、もう最高に美味しかったって自慢されて……私も食べたいの!」
 玲奈は、小動物のあだ名が納得できるような動きで体をばたつかせて言う。
「そう……店もくだらんイベントを……」
 女性の心を鷲掴みにした、本来なら見事と褒めるべき店のイベントなのだろうが、男の雅夫にしてみれば迷惑極まりないもので、呆れて息を吐くことしか出来ない。
「バレンタイン限定だから、今しか食べられないの! お願い!」
 親と一緒に行けばいいんじゃない? と雅夫は言おうとしたが、玲奈の父が、違うパパに間違えられるのも気の毒と感じたので、仕方なく了解した。
 しかし、最悪な事態に巻き込まれるなどとは、雅夫も玲奈も考えもしてなかったのだ。
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