エスパーなあなたと不器用なわたし
悲しいクリスマス
十二月二十五日、月曜日。
今日はクリスマス。
月曜日ということもあるけど、毎年クリスマス・イブの方がメインになって、本当のクリスマスはいつもと変わらない気がする。
特に今日は、夕べの事があるので朝から憂鬱。
会社を休もうと思ったけど、明日になったらどうせまた柴田くんと顔を合わせる事になる。
だったら、逃げないで今日会おう。
そう思ってオフィスに入った。
「おはよう。昨日は悪かったな」
「えっ?」
いつも通りの彼にほっとした。
部長に目をやる。
こちらを見ていた。
昨日はありがとうございました。
そして、わたし達大丈夫みたいです。
昼休み、わたしはいつものように社員食堂で彼とお昼を食べていた。
「塚本さん、ここいいかしら?」
「安藤さん」
「あっ!」
彼は、手にしたコップを、テーブルに倒す。
「ちょっと春人、何動揺してるのよ。わたしは別に、あなたが女の子と食事してても気にしないわよ」
尋常じゃなく動揺している彼。
でも、何で安藤さんは彼を下の名前で呼び捨てにするの?
もしかして、昔からの知り合い?
大学の先輩後輩だとか?
「安藤さんが社食だなんて、珍しいですね?」
「夕べは家に戻らなかったから、お弁当作れなかったのよ」
「どこかに行かれたんですか?」
「うん、彼とホテルに泊まったの」
「素敵ですね」
「ここのところ、なかなかデートに誘ってくれなかったのに、夜遅くに急に呼び出すんだもん。困っちゃったわ」
「そうなんですか。彼氏さん、お仕事お忙しいんですね」
「仕事? そうかしら、仕事のせいかしら?」
その目は柴田くんに向けられていた。
えっ?
まさかね。
ううん、そんな事ない。
「ねえ、塚本さんはデートしなかったの?」
「しましたよ。ホテルのレストランで食事しました」
「いいわね。その後はお泊まり?」
「いいえ。真っ直ぐ帰りました」
「そうなの? もったいない。クリスマスイブは、ベッドの中でも結構盛り上がるものよ。夕べの彼は特に激しかったわ」
「わたしまだ経験が無くて」
「えっ? そうなの? 彼氏、求めて来ない?」
「えっ?」
鼓動が速くなっていく。
違う。
あり得ない。
「実は、わたしの彼氏ってここにいる春人なんだ」
やっぱり・・・
悪い予感が当たった。
柴田くん夕べ言ってたね。
女ならまだいるって。
「安藤さん、すみません。わたし急用を思い出しましたので、先に失礼します」
この場に留まる勇気はない。
このままここにいたら、きっと泣いてしまう。
「あら、まだたくさん残っているのに」
わたしは、食べ残したトレイを持ち上げると、逃げるようにその場を離れた。
オフィスに戻ったわたしは、よろよろと部長の席に近づいた。
部長が見えない。
他の社員がそこにいるのかいないのかもわからない。
「塚本?」
部長の声がした。
わたしは、立っている事も出来ず、その場に倒れた。
目を開けると、そこはベッドの中だった。
どうやら医務室のようだ。
「気がついた?」
白衣を来た女の先生が、わたしの顔をのぞき込む。
「部長に連絡するわね。あなたが目覚めたら教えるように言われてるの」
「すみません」
連絡から三分もせずに部長がやって来た。
「塚本、大丈夫か?」
「すみません。ご迷惑をおかけしました。あの部長、今日はこのまま早退させて下さい」
「それはいいが、柴田との間に何かあったのか?」
「いえ別に・・・」
「だったら、あいつはなぜお前の様子を見に来ない?」
「えっ?」
「昼休みが終わってあいつが戻って来たから言ったんだ。お前が倒れたって。だけどあいつ、そうですかとだけ言って、仕事を始めてしまった。あいつと何かあったんだろ?」
「今は何も話したくないんです」
止まっていた涙がまたこぼれそうになった。
「わかった。駐車場で待ってる。帰る準備が出来たら降りてこい。家まで送る」
「部長・・・」
「いつ倒れるともしれないお前を、一人で帰すわけにはいかないだろ?」
「部長、何でそんなに優しいんですか?」
「何でって、お前の事が大切だからだ」
「わたしは部長を振ったんですよ」
「おいおい、声がでかい。わかった続きは車で聞く。だからすぐに用意して来い」
部長に支えられて部屋を出る。
まだ体がふらつく。
部長は、部屋を出る前に、医務室のスタッフに他言無用と声をかけてわたしを廊下に連れ出した。
着替えを済ませたわたしは、エレベーターで地下の駐車場へ向かう。
駐車場に通じる鉄の扉を開けたところに、部長の車が停車していた。
運転席から降りて来た彼はわたしを気遣い、助手席のドアを開けると座らせた。
部長の車に乗るのは二回目だ。
最初から彼とつき合っていれば良かった。
そうすれば、こんなに辛い思いをせずに済んだのに。
部長は黙って車を走らせた。
わたしが話し出すのを待ってくれている。
でも、何と話そう。
彼に裏切られました。
彼には別の女がいましたって?
部長、何て言うかな?
バカだな。だから俺にしとけば良かったのに。
俺を振るからこんな目に遭うんだって言うかな?
わたしは、彼との事を告げた。
「そっか。それは辛かったな。辛い事でも、ひとつの貴重な経験だ。それを積み重ねて、成長していけばいいんだ。イヤな事から目を背けたって、前へは進めない」
部長、やっぱりわたしはエスパーにはなれませんでした。
ふふっ。
「あれっ? 今泣いたカラスが笑った」
「部長知ってます? 部長ってエスパーなんですよ」
「はぁ? お前、泣き過ぎて頭のネジが外れたんじゃないか?」
「いいんです。部長は、わたしだけのエスパーです」
「意味がわからんが、それって良いこと?」
「はい」
「だったらいい。深くは聞かん」
家に着いた。
まだ早い時間なので、仕事に出ている母はいない。
「上がって行きます?」
「そうしたいところだが、まだ仕事が残ってる」
「そうですね。すみません、送って頂きありがとうございました」
部長はわたしを降ろすとすぐに走り去って行った。
誰もいない家はシンとしていた。
普段はお母さんに任せっきりの家事を試みる。
わたしも、やろうと思えば出来るはず。
まずは裏庭に干してある洗濯物を部屋の中に入れた。
南側に面した小さな庭は、日中よく日が当たって洗濯物もよく乾く。
庭から続く縁側に、取り込んだ洗濯物を降ろした。
母は、いつもここでたたんでいる。
たたみ終わると、キッチンに移動しお米を研いだ。
買い物は仕事帰りに母がして来る。
まさか今日に限って麺類って事はないよね?
少し不安だったけど、その時は冷凍すればいいやと思い、二合のお米をセットした。
あとは、お風呂掃除でもしようかな?
こうやって考えると、母は大変だ。
仕事から帰ってからこれらの家事をこなしているんだ。
ぬくぬくと過ごして来たけど、わたしももっと手伝わなきゃ。
それに今は、じっとしてたら彼の事を思い出してしまう。
部長が言ってくれたように、いい勉強だと思って前を向いて生きて行かなきゃ。
それに、短い間だったけど、彼と過ごせて楽しかった。
夕方になり、買い物袋を手にした母が帰って来た。
わたしがこんなに早い時間にいるとは思っていなかったのでびっくりしていた。
それより、家事をしたわたしに驚いていた。
挙げ句の果てには、あんたが家事をするなんて、明日はきっと嵐だわという始末。
失礼な母。
今日はクリスマス。
月曜日ということもあるけど、毎年クリスマス・イブの方がメインになって、本当のクリスマスはいつもと変わらない気がする。
特に今日は、夕べの事があるので朝から憂鬱。
会社を休もうと思ったけど、明日になったらどうせまた柴田くんと顔を合わせる事になる。
だったら、逃げないで今日会おう。
そう思ってオフィスに入った。
「おはよう。昨日は悪かったな」
「えっ?」
いつも通りの彼にほっとした。
部長に目をやる。
こちらを見ていた。
昨日はありがとうございました。
そして、わたし達大丈夫みたいです。
昼休み、わたしはいつものように社員食堂で彼とお昼を食べていた。
「塚本さん、ここいいかしら?」
「安藤さん」
「あっ!」
彼は、手にしたコップを、テーブルに倒す。
「ちょっと春人、何動揺してるのよ。わたしは別に、あなたが女の子と食事してても気にしないわよ」
尋常じゃなく動揺している彼。
でも、何で安藤さんは彼を下の名前で呼び捨てにするの?
もしかして、昔からの知り合い?
大学の先輩後輩だとか?
「安藤さんが社食だなんて、珍しいですね?」
「夕べは家に戻らなかったから、お弁当作れなかったのよ」
「どこかに行かれたんですか?」
「うん、彼とホテルに泊まったの」
「素敵ですね」
「ここのところ、なかなかデートに誘ってくれなかったのに、夜遅くに急に呼び出すんだもん。困っちゃったわ」
「そうなんですか。彼氏さん、お仕事お忙しいんですね」
「仕事? そうかしら、仕事のせいかしら?」
その目は柴田くんに向けられていた。
えっ?
まさかね。
ううん、そんな事ない。
「ねえ、塚本さんはデートしなかったの?」
「しましたよ。ホテルのレストランで食事しました」
「いいわね。その後はお泊まり?」
「いいえ。真っ直ぐ帰りました」
「そうなの? もったいない。クリスマスイブは、ベッドの中でも結構盛り上がるものよ。夕べの彼は特に激しかったわ」
「わたしまだ経験が無くて」
「えっ? そうなの? 彼氏、求めて来ない?」
「えっ?」
鼓動が速くなっていく。
違う。
あり得ない。
「実は、わたしの彼氏ってここにいる春人なんだ」
やっぱり・・・
悪い予感が当たった。
柴田くん夕べ言ってたね。
女ならまだいるって。
「安藤さん、すみません。わたし急用を思い出しましたので、先に失礼します」
この場に留まる勇気はない。
このままここにいたら、きっと泣いてしまう。
「あら、まだたくさん残っているのに」
わたしは、食べ残したトレイを持ち上げると、逃げるようにその場を離れた。
オフィスに戻ったわたしは、よろよろと部長の席に近づいた。
部長が見えない。
他の社員がそこにいるのかいないのかもわからない。
「塚本?」
部長の声がした。
わたしは、立っている事も出来ず、その場に倒れた。
目を開けると、そこはベッドの中だった。
どうやら医務室のようだ。
「気がついた?」
白衣を来た女の先生が、わたしの顔をのぞき込む。
「部長に連絡するわね。あなたが目覚めたら教えるように言われてるの」
「すみません」
連絡から三分もせずに部長がやって来た。
「塚本、大丈夫か?」
「すみません。ご迷惑をおかけしました。あの部長、今日はこのまま早退させて下さい」
「それはいいが、柴田との間に何かあったのか?」
「いえ別に・・・」
「だったら、あいつはなぜお前の様子を見に来ない?」
「えっ?」
「昼休みが終わってあいつが戻って来たから言ったんだ。お前が倒れたって。だけどあいつ、そうですかとだけ言って、仕事を始めてしまった。あいつと何かあったんだろ?」
「今は何も話したくないんです」
止まっていた涙がまたこぼれそうになった。
「わかった。駐車場で待ってる。帰る準備が出来たら降りてこい。家まで送る」
「部長・・・」
「いつ倒れるともしれないお前を、一人で帰すわけにはいかないだろ?」
「部長、何でそんなに優しいんですか?」
「何でって、お前の事が大切だからだ」
「わたしは部長を振ったんですよ」
「おいおい、声がでかい。わかった続きは車で聞く。だからすぐに用意して来い」
部長に支えられて部屋を出る。
まだ体がふらつく。
部長は、部屋を出る前に、医務室のスタッフに他言無用と声をかけてわたしを廊下に連れ出した。
着替えを済ませたわたしは、エレベーターで地下の駐車場へ向かう。
駐車場に通じる鉄の扉を開けたところに、部長の車が停車していた。
運転席から降りて来た彼はわたしを気遣い、助手席のドアを開けると座らせた。
部長の車に乗るのは二回目だ。
最初から彼とつき合っていれば良かった。
そうすれば、こんなに辛い思いをせずに済んだのに。
部長は黙って車を走らせた。
わたしが話し出すのを待ってくれている。
でも、何と話そう。
彼に裏切られました。
彼には別の女がいましたって?
部長、何て言うかな?
バカだな。だから俺にしとけば良かったのに。
俺を振るからこんな目に遭うんだって言うかな?
わたしは、彼との事を告げた。
「そっか。それは辛かったな。辛い事でも、ひとつの貴重な経験だ。それを積み重ねて、成長していけばいいんだ。イヤな事から目を背けたって、前へは進めない」
部長、やっぱりわたしはエスパーにはなれませんでした。
ふふっ。
「あれっ? 今泣いたカラスが笑った」
「部長知ってます? 部長ってエスパーなんですよ」
「はぁ? お前、泣き過ぎて頭のネジが外れたんじゃないか?」
「いいんです。部長は、わたしだけのエスパーです」
「意味がわからんが、それって良いこと?」
「はい」
「だったらいい。深くは聞かん」
家に着いた。
まだ早い時間なので、仕事に出ている母はいない。
「上がって行きます?」
「そうしたいところだが、まだ仕事が残ってる」
「そうですね。すみません、送って頂きありがとうございました」
部長はわたしを降ろすとすぐに走り去って行った。
誰もいない家はシンとしていた。
普段はお母さんに任せっきりの家事を試みる。
わたしも、やろうと思えば出来るはず。
まずは裏庭に干してある洗濯物を部屋の中に入れた。
南側に面した小さな庭は、日中よく日が当たって洗濯物もよく乾く。
庭から続く縁側に、取り込んだ洗濯物を降ろした。
母は、いつもここでたたんでいる。
たたみ終わると、キッチンに移動しお米を研いだ。
買い物は仕事帰りに母がして来る。
まさか今日に限って麺類って事はないよね?
少し不安だったけど、その時は冷凍すればいいやと思い、二合のお米をセットした。
あとは、お風呂掃除でもしようかな?
こうやって考えると、母は大変だ。
仕事から帰ってからこれらの家事をこなしているんだ。
ぬくぬくと過ごして来たけど、わたしももっと手伝わなきゃ。
それに今は、じっとしてたら彼の事を思い出してしまう。
部長が言ってくれたように、いい勉強だと思って前を向いて生きて行かなきゃ。
それに、短い間だったけど、彼と過ごせて楽しかった。
夕方になり、買い物袋を手にした母が帰って来た。
わたしがこんなに早い時間にいるとは思っていなかったのでびっくりしていた。
それより、家事をしたわたしに驚いていた。
挙げ句の果てには、あんたが家事をするなんて、明日はきっと嵐だわという始末。
失礼な母。