航空路
頼る者は誰もいなくなってしまった。僕等は行き先のわからない航空路にのっている。
「聞こえますか! こちらは成田発○○八便、○○行き!」
失望していると、工藤が無線機を手に取って叫んだ。
「ここがどこだかわからない! 乗客も機長も全員消えた! 助けてくれ!」
無線機の向こうの声がやんだ。ザーという雑音がしばらく続く。
「音声が乱れていてよく聞こえない。乗客と機長がどうした?」
「だから助けてくれ! ここはどこだ!」
工藤のこの叫びを最後に、無線はプツリと糸が切れたかのように聞こえなくなった。
「ねえ、どうすればいいの? 私たち!」
もはや手段はない。誰もいない機内で、僕等は無事目的地に着けるよう祈るしかない。
「今はどうにも出来ないよ……自分の席に戻るしかない」
笹田に答えると、自分が驚くほど情けない声が出た。
振り返れば変わらない機内がある――そう期待して振り返っても誰の姿もない。
手を繋いだまま、僕たちは来た道を戻りはじめた。途中で、秀喜が繋いだ両手を上げる。
「なあ、席に戻っても繋いだままか? 離すわけにはいかないよな?」
僕と秀喜、笹田は隣同士だが、工藤は僕の後ろの席だ。もとの席に戻るなら必然的に手を離さなければならない。
「嫌だ! 消えるのは! 離さないでくれ!」
そうなるとは決まっていないのに、工藤は涙目で叫んだ。
「じゃあ、どこに座る?」と秀喜が訊くと、工藤は笹田の隣、消えた山口の席を指差した。
聞いた笹田は明らかに嫌そうな顔をする。親友が消えた場所だから当然だ。
「お願いだから……」
誰だって工藤の立場になれば同じことを言うだろう。笹田も承知して、「うん」と答えた。
僕たちは横一列になってそれぞれの席の前に立った。別に合図など必要ないのだが、秀喜が座るぞと目で語る。全員が首を縦に振った時、肌を刺すような冷たい風が吹いた。
その瞬間だった。カツンという音が機内に響く。靴底が床を叩く音だ。
音の根源は僕たちの後ろ――全員で反射的に振り返った。
僕等の視線の先には軍服姿の男がいた。彫りが深いギョロリとした男の目に、僕は委縮してしまう。秀喜も工藤も笹田もだ。日本人ではなさそうだった。
「……誰だよ。あんたは……」
僕等を代表して男に訊いたのは秀喜だ。日本語が通じるのだろうか――
「君たちの仲間を消した者だよ……」
男に日本語は通じた。しかも恐ろしい真実をさらりと言ってのけていた。
一気に血の気が引いた。皆はと見てみると、既に顔面蒼白になっている。思い切って僕は口を開けた。
「何が目的だ! 何のためにみんなを消した!」
男がふっと唇を歪ませた。はじめは笑ったのだと感じたが違った。憐れんだような眼で僕たちを見ている。男の唇は溜め息を吐いて歪んだのだ。
「こんなことになるなんて思わなかった。殺す気はなかったんだ」
男は皆を殺したと語った。
皆は消えただけ、何かの拍子で出てくるはずだ。そういう漠然とした祈りのような思いがあった。その思いも男の発言で壊されてしまったのだ。
笹田が男に詰め寄った。
「人殺し! 返してよ! 私の友達を! クラスの人達を! みんなを殺すなんて……」
はじめは興奮して叫んだ笹田だったが、徐々に声が小さくなっていく。そのまま言い終わると、席に座って泣きはじめた。
僕は笹田を見ながら、ある疑問にぶち当たっていた。どうも男の言葉に納得がいかない。
まず皆を消した方法だ。あれは人間業ではない。この男ひとりで出来るとは思えない。
次に笹田と工藤が見たという人の顔がある影――あれは一体何だったのか?
それに勝手に動くトイレの鍵やコックピットの操縦桿も説明がつかない。
工藤が勝手に出てくるのはおかしいと言った酸素マスクも気になる。
全ての謎を解明するのに、この男が犯人と断定するにははやい気がする。
「……見えていないのか?」
しばらくの沈黙の後、男は妙な質問をしてきた。
「殺したんじゃない……不慮の事故だったんだ」
意味がわからずに僕は秀喜と顔を見合わせる。工藤は周囲を見回すと、ずれ落ちた眼鏡を人差し指で上げる。そして、泣いていた笹田は席を立った。
「俺に出来ることは君たちに真実を語り、現実を直視してもらうことだけだ。それが君たちに絶望を味わわせてしまった俺の罪滅ぼしだ」
男は両手を水平に広げると、静かに目を閉じた。すると、男の体から黒い煙が噴き出しはじめる。
「うっ……」
異様な臭いが立ち込める機内――そしてついに、僕たちの目の前で男が炎に包まれた。
「いやああああ!」
笹田が絶叫を上げる。僕たちは声も出せないまま金縛りにあったように動けない。
続いて、轟音が響いたかと思うと、機体は物凄い揺れを起こしはじめた。とてもではないが自力では立っていられない。体勢を崩して倒れこんでしまう。
「何があったんだ?」
這うようにして秀喜が窓の外を見る。僕も続けて外を見た。
そして、僕は見た。そこには――羽根の一部がなくなっている機体があった。
もしかして……いや、現実にはありえないが仮定として――
僕は脳内で構築した結論に気づいて、慌てて男のほうに振り向く。
「あんたが事故を起こしたのか。事故をおこしてみんなを消したんだな?」
男は首を縦に振る。秀喜は困惑したように僕を見る。
「どういうことだよ? 意味がわからないぞ!」
――それは……
秀喜に説明しようとした途端、今までにない爆発が起きた。激しい爆発で僕は床に叩きつけられてしまう。
そして、僕はそのまま意識が遠のいて気絶してしまった。
「聞こえますか! こちらは成田発○○八便、○○行き!」
失望していると、工藤が無線機を手に取って叫んだ。
「ここがどこだかわからない! 乗客も機長も全員消えた! 助けてくれ!」
無線機の向こうの声がやんだ。ザーという雑音がしばらく続く。
「音声が乱れていてよく聞こえない。乗客と機長がどうした?」
「だから助けてくれ! ここはどこだ!」
工藤のこの叫びを最後に、無線はプツリと糸が切れたかのように聞こえなくなった。
「ねえ、どうすればいいの? 私たち!」
もはや手段はない。誰もいない機内で、僕等は無事目的地に着けるよう祈るしかない。
「今はどうにも出来ないよ……自分の席に戻るしかない」
笹田に答えると、自分が驚くほど情けない声が出た。
振り返れば変わらない機内がある――そう期待して振り返っても誰の姿もない。
手を繋いだまま、僕たちは来た道を戻りはじめた。途中で、秀喜が繋いだ両手を上げる。
「なあ、席に戻っても繋いだままか? 離すわけにはいかないよな?」
僕と秀喜、笹田は隣同士だが、工藤は僕の後ろの席だ。もとの席に戻るなら必然的に手を離さなければならない。
「嫌だ! 消えるのは! 離さないでくれ!」
そうなるとは決まっていないのに、工藤は涙目で叫んだ。
「じゃあ、どこに座る?」と秀喜が訊くと、工藤は笹田の隣、消えた山口の席を指差した。
聞いた笹田は明らかに嫌そうな顔をする。親友が消えた場所だから当然だ。
「お願いだから……」
誰だって工藤の立場になれば同じことを言うだろう。笹田も承知して、「うん」と答えた。
僕たちは横一列になってそれぞれの席の前に立った。別に合図など必要ないのだが、秀喜が座るぞと目で語る。全員が首を縦に振った時、肌を刺すような冷たい風が吹いた。
その瞬間だった。カツンという音が機内に響く。靴底が床を叩く音だ。
音の根源は僕たちの後ろ――全員で反射的に振り返った。
僕等の視線の先には軍服姿の男がいた。彫りが深いギョロリとした男の目に、僕は委縮してしまう。秀喜も工藤も笹田もだ。日本人ではなさそうだった。
「……誰だよ。あんたは……」
僕等を代表して男に訊いたのは秀喜だ。日本語が通じるのだろうか――
「君たちの仲間を消した者だよ……」
男に日本語は通じた。しかも恐ろしい真実をさらりと言ってのけていた。
一気に血の気が引いた。皆はと見てみると、既に顔面蒼白になっている。思い切って僕は口を開けた。
「何が目的だ! 何のためにみんなを消した!」
男がふっと唇を歪ませた。はじめは笑ったのだと感じたが違った。憐れんだような眼で僕たちを見ている。男の唇は溜め息を吐いて歪んだのだ。
「こんなことになるなんて思わなかった。殺す気はなかったんだ」
男は皆を殺したと語った。
皆は消えただけ、何かの拍子で出てくるはずだ。そういう漠然とした祈りのような思いがあった。その思いも男の発言で壊されてしまったのだ。
笹田が男に詰め寄った。
「人殺し! 返してよ! 私の友達を! クラスの人達を! みんなを殺すなんて……」
はじめは興奮して叫んだ笹田だったが、徐々に声が小さくなっていく。そのまま言い終わると、席に座って泣きはじめた。
僕は笹田を見ながら、ある疑問にぶち当たっていた。どうも男の言葉に納得がいかない。
まず皆を消した方法だ。あれは人間業ではない。この男ひとりで出来るとは思えない。
次に笹田と工藤が見たという人の顔がある影――あれは一体何だったのか?
それに勝手に動くトイレの鍵やコックピットの操縦桿も説明がつかない。
工藤が勝手に出てくるのはおかしいと言った酸素マスクも気になる。
全ての謎を解明するのに、この男が犯人と断定するにははやい気がする。
「……見えていないのか?」
しばらくの沈黙の後、男は妙な質問をしてきた。
「殺したんじゃない……不慮の事故だったんだ」
意味がわからずに僕は秀喜と顔を見合わせる。工藤は周囲を見回すと、ずれ落ちた眼鏡を人差し指で上げる。そして、泣いていた笹田は席を立った。
「俺に出来ることは君たちに真実を語り、現実を直視してもらうことだけだ。それが君たちに絶望を味わわせてしまった俺の罪滅ぼしだ」
男は両手を水平に広げると、静かに目を閉じた。すると、男の体から黒い煙が噴き出しはじめる。
「うっ……」
異様な臭いが立ち込める機内――そしてついに、僕たちの目の前で男が炎に包まれた。
「いやああああ!」
笹田が絶叫を上げる。僕たちは声も出せないまま金縛りにあったように動けない。
続いて、轟音が響いたかと思うと、機体は物凄い揺れを起こしはじめた。とてもではないが自力では立っていられない。体勢を崩して倒れこんでしまう。
「何があったんだ?」
這うようにして秀喜が窓の外を見る。僕も続けて外を見た。
そして、僕は見た。そこには――羽根の一部がなくなっている機体があった。
もしかして……いや、現実にはありえないが仮定として――
僕は脳内で構築した結論に気づいて、慌てて男のほうに振り向く。
「あんたが事故を起こしたのか。事故をおこしてみんなを消したんだな?」
男は首を縦に振る。秀喜は困惑したように僕を見る。
「どういうことだよ? 意味がわからないぞ!」
――それは……
秀喜に説明しようとした途端、今までにない爆発が起きた。激しい爆発で僕は床に叩きつけられてしまう。
そして、僕はそのまま意識が遠のいて気絶してしまった。