契約結婚の終わらせかた
「でも、よかった」
あずささんは肩を竦めると、ちらっと仕切りを見遣る。
「もしもあなたが逃げたり尻込みするようなら、どんな手段を使っても離婚させるって葛西さんに言われてたから。あなたがそんな臆病者じゃなくて」
「は……」
あずささんはさらりととんでもないことをカミングアウトしてきた。
「か……葛西さんが、そんなことを?」
「そうよ。あの腹黒はそうやって人を試すのが大好きだから、あなたも気をつけなさい。なにか困ったら私に連絡するのよ」
そう言ったあずささんは自分の名刺を渡してくれる。そこには営業課長という肩書きがあり、彼女が実力でもぎ取った地位に、素直に凄いと感じた。
「すごいですね……課長だなんて」
「たまたまよ。立て続けに成果をあげられただけ。大企業じゃそうもいかないわ」
さてと、とあずささんは椅子から立ち上がるとバッグを掴んだ。
「私はもう失礼するわね。仕事が忙しくなるから……だけど、ひと言だけ言わせて」
肩越しに振り向いたあずささんは、私にこう宣言した。
「ひとまず伊織さんはあなたに預けるけど、私もまだ諦めた訳じゃないから。お気をつけて」
挑発的なあずささんの強い視線を見返した私は、グッと両手を握りしめて彼女に言い返す。
「わ……私も。あなたのライバルというにはおこがましいですが、負けませんから!」
「ふふ、楽しみにしてるわね」
妖艶に微笑んだあずささんは、静かにドアを閉める。
それと同時に、私の中で何かがコトリと動き始めた。