契約結婚の終わらせかた



一通り騒いでから、慌てて両手で口を塞ぐ。伊織さんは騒がしいのが嫌いなのに……。


恐る恐る伊織さんを横目で見れば、不機嫌なはずの彼の顔はこちらを向いてない。それどころか、彼もボートの下を覗き込んでた。


「い、伊織さん?」


落とし物でもしたのかな? と心配になって、伊織さんに声をかけてみた。だけど、彼は反応せずひたすら下を……水面を眺めてる。


「あの……なにか落としたんですか?」

「違う」


即座に否定した彼は、オールを立て掛けて腕を伸ばす。ちゃぽり、と海水を空いた手で掬いとると――何を考えたのか、それを口にして顔をしかめた。


「……塩辛い」

「あ、当たり前です! 海水にはナトリウムが入ってるんですから。……って言うか、生の海水なんて飲んだらお腹を壊します!」


念のために持ってきた水筒を開けると、コップにもなる蓋にお茶を注いで伊織さんに無理矢理押し付ける。彼は渋々口にするけど、「熱い」と再び顔をしかめた。


「水遊びでは体が冷えますから、熱いくらいのお茶が体にいいんです」

「……初めて聞いたぞ」


伊織さんは眉間にシワを寄せながらも、注いだぶんのお茶を飲みきってコップを返してきた。


そして、ぽつりと漏らす。


「俺は、ずっとこういうのは無縁だったからな……こういった経験も、案外悪くない」


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