契約結婚の終わらせかた
てっきり、いつものように冷たい言葉が来ると身構えてたのに。 しばらく経っても何の反応もない?
一体どうしたのかと気になって、伊織さんの様子を窺うために上目遣いでチラッと彼を見たら……。
バチッと視線が合って、慌てて逸らしたけど。気のせいか伊織さんまでが目を逸らしたように見えた。
「あまり騒ぐな」
「は……はい」
彼らしい言葉ではあったけど、口調がいつもより柔らかくて。突き放すような冷たさを感じられない。
その後はしばらく黙って海を見つめていた。潮騒を聴きつつ穏やかな波に揺られていると、何だか何もかもがどうでも良くなってくる。
潮風の独特な薫りも、まろやかな感触も。騒いでいた胸を落ち着かせる効果があるのかもしれない。
こんなにも穏やかな優しい時間を、伊織さんと過ごすことが出来るなんて。
そろそろ大丈夫かな、と伊織さんへ視線を向けると同時に。急に彼が倒れ込んできた――。
「伊織さん!?」
まさか、胃潰瘍が再発したかと心配になって呼びかけてみたけど。揺すっても起きない。
私の肩に前のめりで寄りかかった伊織さんは……
すうすうと穏やかな寝息を立ててた。
いつもの眉間にシワを寄せた不機嫌な顔じゃなく、本当に安心したような。
「伊織さん……」
私のそばだと、安心してくれるの?
くすぐったくあったかい気持ちになった私は、そっと伊織さんの体を倒して彼の頭を膝に乗せる。
寝入った伊織さんの頭をゆっくりと撫でながら、どうか彼が少しでもいい夢を見られるように、と願った。