契約結婚の終わらせかた
十分後、伊織さんの手には黒と赤の出目金入りの水袋が提げられてた。
ちなみに、黒い出目金が私が掬ったもので。赤い出目金は伊織さんが10枚目のポイで掬えたもの。
なぜか彼はジッとそれを見ていきなり妙なことを口走る。
「太郎と花子」
「は?」
「コイツらの名前だ」
そんなの見れば解るだろう、と言いたげな伊織さんの憮然とした顔を眺めてたら。何だか妙に可笑しくなって。必死に堪えたけど、肩を揺らして笑ってしまいました。
「笑うな」
「だ、だって……金魚にそんな名前……ふふっ」
私が笑ったのが気に入らないのか、伊織さんは急に大股で歩き始めた。慌てて後を追うと、彼が向かった先は射的の露店。
「持ってろ」
太郎と花子を私に押し付けた伊織さんは、お金を払って銃を借りると直ぐに構える。
(なんだか……カッコいい)
青みがかった瞳を持つ伊織さんの獲物を狙う鋭い眼差しに、魅入られたように目が離せない。ドキドキしながら彼が狙いを定め、射撃する姿を見守った。
パァン! と空気を裂く音がして、弾かれたのは黒いぬいぐるみ。伊織さんは一発で目的の景品を当てたんだ。
そして……
金魚と引き換えに、その大きなぬいぐるみを押し付けるように渡された。
「やる」
「え」
伊織さんがくれたのは、ずいぶん人相が悪い黒い猫のぬいぐるみ。金色の目が逆三角形につり上がって、口元がムスッとして。額には傷まで入ってる。
「家主に遠慮がない生意気な猫にそっくりだ」
こぼした不満げな口調から、もしかするとこれはミクのこと? と察せたけど。
私にとっては、伊織さんからの思いがけないプレゼントということがよほど大切だった。
「ありがとう、伊織さん。ずっとずっと大切にしますね!」
笑顔でギュッ、と思いっきりぬいぐるみを抱きしめた。