契約結婚の終わらせかた
「もしもし、こちらを落とされませんでした?」
スッと差し出されたのは、猫の刺繍があるピンク色のハンカチタオル。
そういえば、歩いて汗をかいたから拭う時に使ったんだ。
「す、すみません。ありがとうございます」
受け取った後、ペコペコと何度も頭を下げた。
「いいえ。お役にたてて何よりですわ」
涼やかだけど、ある程度年輪を感じられる落ち着いた声質。しっとりした大人が想像出来て、顔を上げると目の前にいらしたのは、四十代後半辺りに見える女性。
藤の花を思わせる薄紫色の紬に紺色の帯を合わせ、草履は銀色の無地。艶やかな黒髪をうなじで結い上げ、トンボ玉の簪を一つ挿してる。
薄化粧が綺麗な肌にとてもよく合っていて、黒目がちの伏し目は睫毛が濃い。
全体的に細身ではあるけど、ピンと背筋が伸びて静寂がよく似合いそうな品の良さを漂わせていた。
彼女の着てる紬は相当な上質感がある。織り上げに1年掛かるレベルの逸品だ。つまり、それなりに裕福なご婦人ということ。
とても私には縁がなさそうな女性なのに、どうしてかお会いしたことがあるような感じがしてならない。
特に、黒目がちで印象的な瞳が。
それでも、これっきりでもう会うことはないはず。
そう思ったのに、なぜか女性から意外な誘いを受けた。
「あの……よろしかったらお茶でもご一緒にいかが? ちょうどいただきたいものですから、お付き合いくださいな」