契約結婚の終わらせかた
10月~パーティーで
「なかなかいいじゃない。ドレスより目立つかもね」
パーティー会場となるホテルの玄関ロビー前で、黒いドレスを着たあずささんが感心したように言う。
「そうですか? でも……みんなの想いが込もってますから」
私は、身に付けている着物の生地と帯に指先でそっと触れた。
「よし、と。今日も上手くできた」
私が起きて朝一番にすることは、昨夜作ったプリンが上手く作れてるか。パンプディングのパンに上手く卵液が染みてるかチェックすること。
どちらも上手く行っていたら、パンプディングの中身を焼くためにココットに移し、オーブンに火を点ける。
念のため紅茶とサンドイッチの用意もしてるけど……この1ヶ月近く。伊織さんが用意したこれらを口にした気配はなかった。
伊織さんの母親である葵和子さんを無断でマンションに上げたせいで、彼に無視され始めて3週間が経っていた。
その間見事なまでに彼に避けられていたけど。私はいつもと変わらない毎日を過ごそうとしつつ、伊織さんに謝罪する機会を窺ってた。
けれど、やっぱり伊織さんは隙がない。ろくに顔も見られない。
だから私は、あずささんに社交の場で伊織さんに謝りたいと相談したんだ。
なぜか彼女はノリノリで。一緒に買い物に行って服やら何やら揃えよう! と言われたけども。
私は恥を忍んで、あまりお金をかけられない事情を伝えたら。
『それなら任せて!』
とあずささんに一方的に電話を切られた後、指定された待ち合わせ場所へ行けば――意外な人が待っていた。