契約結婚の終わらせかた
あずささんが不思議そうに首を傾げた。
「どうして? 伊織さんの妻ならば、葵和子さんの義理の娘でしょ。甘えて一着くらい遠慮なくいただいた方がいいんじゃないかな?」
「そうですよ、碧さん。わたくしは……あなたが娘になってくださって嬉しいわ。あなたもわたくしを母のように思って……遠慮などなさらないで」
優しく微笑む葵和子さんの眼差しはあたたかくて、胸がじいんと熱くなる。
……嬉しい。
こんな私でも、娘のように思ってくれるなんて。体が震えそうなほどの喜びを感じる。
でも、と私は組んだ両手をキュッと握りしめる。
(私は……あと半年で伊織さんと離婚するんだ。これは絶対変えられない契約……そう。私と伊織さんは契約だけで結ばれた関係なんだから。これだけ喜ぶ葵和子さんにこれ以上嘘をつきたくない)
ふるふると首を振り続ける私に、困ったように笑う葵和子さんは。たとう紙に包まれた一枚の着物をスッと差し出した。
「……もしも事情があってお受け取りが嫌でしたら、これだけお借りになって。一つ紋ですから幅広い場所にお召しになれるわ。着るものに困ったなら、考えてみてくださいね」
ぜひ、これだけはと頼み込まれては断れず。結局その着物だけお借りすることになった。