契約結婚の終わらせかた
着付けと髪結いはおばあちゃんがしてくれた。
葵和子さんが貸してくれたのは背中に一つ紋が入って花菱模様が織り出された、薄いピンク色の色無地だった。
「葵和子はここ(おはる屋)に来る時、必ずこれを着てたよ。もういい年した娘だったが、何でもない駄菓子に目を輝かせてな……地元の子ども達の遊びを見ながら、駄菓子やわしのプリンを食べるのが何よりの楽しみみたいだったよ」
帯を結びながらも、おばあちゃんは遠い目をして小さく笑う。
「葵和子はあんたより若い年に嫁がされたからねえ」
もっと話を聞いてやればよかったよ、とおばあちゃんは珍しく沈んだ声で呟いた。
「18の娘が30近く上の男に愛情なんざ持てるもんかね。葵和子は実家の借金のかたに、後妻として無理やり嫁がされたんだよ」
「えっ……」
驚きながら見ると、おばあちゃんはだから、と強く帯締めを締めた。
「この着物は葵和子にとって特別なのさ。幸せの象徴……おそらく、おまえにバカ息子と幸せになって欲しいんだろうよ。その願いを潰すような真似は、ワシが許さないからね」