契約結婚の終わらせかた
11月~家族旅行
「伊織さん、あの……温泉、入りません?」
私がそう提案したのは、伊織さんの体を考えてだった。
「うう……寒くなったなぁ」
体を震わせながら起きると、ハアッと息を吐いて手を暖める。時計を見れば、まだ朝の5時だった。
11月も末になると朝晩かなり冷え込む。私に割り当てられた部屋には床暖房もエアコンもあるけど、電気代がもったいないから使ってない。
断熱性が高い建物だから風は入り込まないし、着込めば何とか過ごせる。どうしても寒ければ布団や毛布にくるまればOK。石油ストーブ以外暖房がないおはる屋では、それが当たり前だった。
かといって、寒ければ近くなるものがあるわけでして。
上着を着込んだ私は、そっとドアを開いて廊下に出た。
廊下はセンサーライトだから、スイッチを入れなくても明るい。足音を立てないように気をつけながら進むと……
なにやら、玄関辺りから人の声が聞こえてくる。
(誰かいるの?)
最近ぐっすり眠れるようになった伊織さんはまだ就寝中のはず。それなのに人の声がするのはおかしい。
ゾッと背筋が寒くなる。手洗いは玄関に近い場所にあるから、我慢しようと思ったけど。お腹が痛いほどでやばい。
(きっと気のせい……私の気のせいだ)
自分にそう言い聞かせながら、冷や汗をぬぐい足を進める。
すると……
ゆらり、と黒い陰が闇の中で蠢くと、キラリと光るものへ何かを落としながらぶつぶつと呟いた。
「花子、もっと食べて大きくなれよ。太郎、おまえは気が小さすぎだろう。女に尻に敷かれてどうする」
「………」
……闇の中で動いてたのは。
早朝に金魚の世話をする伊織さんでした。