契約結婚の終わらせかた
婚姻届は事前に何度もチェックしていたから、何の不備もなくあっさりと受理された。
「はい、問題ないですね。おめでとうございます」
年配の職員さんに義務的にそう言われたから、思わず頭を下げて「あ、ありがとうございます!」なんてお返しをしたら。
……何だか……伊織さんからの視線が痛い。
「さっさと出るぞ」
「あ、あの……ついでに婚姻届受理証明書が必要なので、いただいていきたいのですが」
婚姻届を役所に提出して受理されたとしても、新しい戸籍に反映されるまで数日掛かる。その間に戸籍謄本や戸籍抄本は使えないから、代わりに婚姻届を受理したという証明書を使うことになるって聞いた。
だから、もう少しだけ待って欲しいってお願いしたんだけど。
伊織さんはジャケットを捲り腕時計で時間を確認して、あからさまに舌打ちをした。
「……悪いが、これ以上は付き合えない。すぐに重要な会議が始まる。帰りはこの金でタクシーでも使え」
伊織さんは高級そうな(たぶんブランドもの)の財布から数枚のお札を取り出すと、私の手に押し付けてビジネスバッグを手にスマホに目を走らせる。
すると、タイミングよく秘書の男性が伊織さんを迎えに来た。彼と二、三言葉を交わした伊織さんは……
こちらを振り返ることなく、私に背を向けてまっすぐ市役所から出ていった。