契約結婚の終わらせかた
『おい、どうした!?』
はっ、と我に返ったのは伊織さんの声が聞こえたから。どうして? と意味がわからなかったけど、自分がいつの間にかスマホ片手に電話をかけていたことに気づく。
無意識のうちに、伊織さんに助けを求めていたんだ。
なんで? 自分から手を放したのに、今さら頼るなんて図々しい。今すぐ切るべきだ……
そう思うのに。
伊織さんの声が聞こえた瞬間、どうしてか少し安心してた。
「伊織さん……おばあちゃんが……おばあちゃんが台所で倒れて」
つい、気が緩んで。すがるように伊織さんに話してた。
『なに? それで、意識はあるのか?』
「意識は……ありません。呼びかけても答えがないんです」
『呼吸は?』
「浅く速いです」
『肌の色はどうだ。特に唇の色は』
「顔は青白いです……唇は少し紫色で」
『おそらく呼吸不全でチアノーゼが起きてる。早く医療施設に運ぶ必要がある。救急車は呼んだのか?』
「あ、はい。さっきおはる屋に来てる子どもが呼んでくれました」
『それならばすぐ毛布で包んで体温を保つようにするんだ。無理に動かすな。吐いた後はありそうか?あれば吐瀉物が気管に入る危険がある』
伊織さんはひとつひとつ確認しながら、テキパキと指示を出してくれる。彼の指示に従いながら、おばあちゃんを毛布にくるみ救急車の到着を待った。
『俺もすぐ病院に行く。気をしっかり持て! いいな。静子さんは必ず助かる!』
「……っ、はい」
伊織さんの力強い声だけが、私がすがれる光のように感じた。