契約結婚の終わらせかた
「まったく、まずい飯さね。砂を食べた方がましだよ」
「おばあちゃん、そんなふうに言わないの。体のために薄味なんだから仕方ないじゃない」
倒れてから数日後、病院に行けばいつもと変わらないおばあちゃんがいて、すごく安心した。
「いつまでこんな辛気臭い場所に押し込めるつもりだい! そんなに早くボケて欲しいのかね」
「そんなことないって。もうちょいだから我慢して!」
おばあちゃんのいつもの憎まれ口だけど、本当は解ってる。
入院費の心配をしているんだって。
確かに、今のおはる屋の収入じゃあ入院費を払うのは厳しい。長引けば長引くほど、経済的に苦しくなる。
「お金のことなら心配しないで。私が何とかするから安心して体を治してよ。今までの無理がたたったんだから」
そうおばあちゃんに言って病院を出たものの、本当は宛てなんかない。
短期で稼げるバイト……といえばやっぱり深夜だな。
以前バイトしてたファミレスはよく募集の張り紙をしてた。それを見に行こうと夜道を歩く。
そして……
足を、止めた。
だって……
ファミレスの程近い場所にあるホテル街。そこから顔を赤くしたあずささんと……彼女の肩を抱いて体を寄り添わせた伊織さんが出てきたら。
呆然とした私は咄嗟に近くの看板に隠れる。2人は気づかずに横を通りすぎた。
「……もう、伊織さんったらすごすぎなんだから」
「あの程度で激しいというか? まったく心外だな」
「そう? でも気持ちよかった。あの加減の微妙さとか……さすが評判なだけあるわ……私もあれまで熱くなったの初めてよ」
「それは光栄だが、約束は忘れるなよ」
「わかってるわよ。挨拶するのよね。これでやっとみんなに認められるわ! 長かったわね」
(なに……今の?)
2人の会話が信じられずに、頭が真っ白になったけど。
ただひとつわかったことは……
伊織さんはあずささんを選んだ、という現実だけだった。