契約結婚の終わらせかた
“碧へ
これを読んでいるということは、おそらく俺と別れようとしているのだと思う。
それも仕方ないだろう。
今までよくこんな面倒くさい男に付き合ってくれた。
最初、おまえを捕まえたのはプリン目当てだった。
家族として唯一の懐かしい味……それはおそらく、俺が人としてあるために必要なものだった。俺にとって食事とはただ生きるための栄養摂取で、それ以上の意味などないし、ましてや楽しみなど見出だせなかった。
他人に関してもそうだ。
他人は損得に関わる部分で必要か不要かを判断し、不必要ならすぐ切り捨てた。
自分でも人間として欠陥品だと思ったよ。誰が困ろうが泣こうが喚こうが、何とも感じなかったのだから。
だが……おまえと過ごし同じ時間を重ねるごとに、不思議と他人が煩わしく思わなくなった。
食事が楽しくなった。食べる楽しみや他を可愛がることを覚えた。
他にもたくさん、書ききれないことを学べた。
家族、人間。今まで何の意識もしなかった他人との関わりを考えて、ようやく人間らしくなった気がする。
ありがとう。
おまえのおかげで俺はやっと一人の人間になれた。
だが、それでも。
俺のわがままだろうが。
許されるなら、おまえの笑顔をいつまでも見ていたい、と思う
きっと俺は本当の意味でおまえを得るため、行動を起こすだろう。信じられない気持ちになるだろうが、どうか信じてほしい。
きっと、迎えにいく――
201×年11月22日 和泉 伊織”
「伊織さん……」
思いがけない伊織さんからの言葉に、胸が熱くなりパタパタと涙が床に落ちる。
そっと手紙を抱きしめながら、声を上げて泣いた。
嬉しくて幸せな涙を――。
(信じます……伊織さん。あなたを信じます)