契約結婚の終わらせかた
二年目·春~契約の終わる瞬間(とき)
3月~(最終話)あなたが……
3月。
凍るように冷たかった冬の空気もぬるんでいき、気の早い花が咲くと色の乏しい景色に彩りを添える。
暖かい日差しを受けた土筆が伸び、萌木色の小さな芽が待ちわびた春の到来を知らせた。
(梅の花も終わりかな)
自転車を漕ぐと鼻についた紅梅の薫りも微かになった。濃いピンク色の桃の花も満開で、次の桜の花が待ち遠しくなる。
「ね~ダイ、いこうよぉ」
「わかった!行こうぜ」
「え、マジで?ダイ、大好き!」
若いカップルの女性が跳ねるように彼に抱きつく。幸せそのものの笑顔の2人を見てると、よかったねと通りすがりながら思う。
春はあたたかい季節。
そして、春は喜びの季節でもあった。
「これを、伊織さんに」
おはる屋で葵和子さんにあるものを渡した。週に一度、葵和子さんは伊織さんと手紙のやり取りをしてる。
実は私は最近、彼女に頼んで小さなメッセージカードを手紙に同封してもらってる。
名前も入れてないたった数行の文章とイラスト。カードの文章は当たり障りのない話題から、日常のなんでもないこと。感じたことを書いてた。
本音は、絶対に書けない。
万一あずささんに知られたら、彼女を傷つけてしまうから。
だから、無記名のメッセージカードによくある文章と絵しか書けない。イラストは何でもない目についたものや印象的なことを描いてる。それだけでも伊織さんにはきっと想いが伝わってると信じてた。