契約結婚の終わらせかた
(努力することを諦めたら終わり……か)
マンションに帰った私は、部屋の棚の上にちょこんと乗ったうさぎのガラス細工を眺める。
そして、おはる屋から持ち出した数少ない荷物を詰めたバッグをごそごそと漁ると、一冊の絵本を取り出した。
『ゆきと白いうさぎ』
両手に載る小さな絵本。作者は桜宮 さくら。
――街が数年に一度の大雪で真っ白になった日。おはる屋の前で、まだ赤ん坊だった私とともに見つかった唯一のもの。
今はぼろぼろになってるけど、いつだってこの絵本は私とともにあった。つらいことがあった時、必ずこの絵本を開いて勇気をもらったんだ。
まだ文字が読めない頃はおばあちゃんにせがんで読んでもらい、自分で読めるようになれば毎日目を通して。店番を任されたら子どもたちに読んで聞かせた。
夕方や土日は6畳の和室を解放するから、テレビを見たり遊びに興じる子どもたちに混じり読み聞かせをする。お昼寝をする子どもに、手作りのお菓子を振る舞うのも日常になってた。
最初はなつかない子どももたくさんいる。だけど、時間をかけてゆっくり心を解きほぐせば、いつしか慕ってくれてた。
(そうだよね……最初から諦めたらダメだ。私の出来ることから始めなきゃ)
よし、と私は椅子から立ち上がると、そのままキッチンに向かう。
おばあちゃんのバイト代を使い初めて買った材料を前に、腕捲りをした。
(せめて、美味しいって言わせたい……なら)
いつもの材料を前にして、一人でうんとうなずいた。