契約結婚の終わらせかた
「奥さまも無理にお料理をしようとなさらなくていいですよ。必要なことは私がしますから」
キッチンの冷蔵庫にゼリー飲料をしまいながら鈴木さんが笑って言うものだから、かあっと顔が熱くなる。
「お、奥さまって……あ、あの私……そんなのじゃ」
今日も朝からプリンを用意するために、卵をボウルに割っていたのだけど。動揺したせいか、殻が砕けてぐちゃぐちゃになってしまいました。
「あはは、かわいい方ですね。奥さまは。伊織さんが選ばれたのもわかります」
「そ……それは」
鈴木さんは朗らかに笑ってるけど、たぶん私と伊織さんの事情は知らない。ただ単純に恋愛結婚って信じてるはず。
「でも、安心しましたよ」
私の朝ごはんを作るためにエプロンを着けながら、鈴木さんは微笑む。
「伊織さんの家で働くようになって10年経ちますが、彼には一切女性の影がなかったものですから。他人事ながらも心配だったんです。ほら、あの人冷たく他人を突き放して興味ないって顔をしてるけど、時折捨てられた子犬みたいた目をしてたからね。きっと不器用な人なんです」
「そう……なんですか」
「私は本当は言える立場じゃないけど、伊織さんを頼みますね」
鈴木さんに頼み込まれたけど、私は曖昧に笑って誤魔化すしかない。
あと、1年したら私は居なくなるんですなんて。嬉しそうな顔を前に言えなかった。