契約結婚の終わらせかた
ぽつぽつと、突然雨が降りだした。
(そういえば朝から雲が多かったのに……雨具を持ってきてなかった。なんてドジだろう)
降り始めは大したことなくて、これくらいと高を括ったのがいけなかった。藤棚でゆっくりしているうちに、次第に雨脚が強まりバケツをひっくり返したような雨になってたから。
「伊織さん、あの……」
車で帰るのか訊こうとした途端、伊織さんは舌打ちして立ち上がる。そして、そのまま走り出してしまった。
「ま、待ってください!」
たしか伊織さんの車には、葛西さんの気遣いで雨具の予備が置いてある。 車で帰りたいなんて図々しいことは言わないから、せめて折りたたみ傘でも借りようと考えたんだけど。
いくら呼んでも伊織さんは振り返りもせず、まっすぐ駐車場へ消えていった。
「伊織さ……あっ!」
雨に右往左往する人たちの流れに押され、勢いよく突き飛ばされた。砂利道にそのまま倒れ込んだ私は、ますますずぶ濡れになって。これが現実なんだ、と涙を流すしかない。
(やっぱり……私の一方通行で……伊織さんにとって……私の存在なんてさほど大切じゃないんだなあ)
「痛……」
膝を擦りむいたらしく、ズキッと痛む。近くで雨宿りしようと視線を巡らせると、雨に打たれ心細く鳴いてる子猫を見つけた。