契約結婚の終わらせかた
「伊織さん……食べてくれたんだ」
せっかくプレゼントしたものを、食べかけで捨てるなんて。本来なら怒るべきかもしれない。
だけど……
普段はサプリメントや栄養補助食品で済ませて、唯一食べるものがプリン。そんな伊織さんが、全部食べられなかったとはいえ、違う食べ物にチャレンジしてくれたことが嬉しい。
きっと、限界まで頑張ったんだろうな。
ゴミを前に泣くなんておかしなものだけど、今の私は彼のちょっとした変化が涙が出るほど嬉しい。
たとえ気まぐれで口にしてみたのだとしても、きっとこれは大きな一歩になるはず。伊織さんがプリン以外を食べられるようになるための。
「奥さま、ゴミ集められました?」
「あ、はい! 今持っていきます」
ゴミの回収は当日朝の8時までに出さなきゃいけないんだっけ。時計を見上げると今、7時55分でギリギリだ。慌ててゴミをまとめると、口を縛って玄関先へ走った。
まずい……あんまりバタバタしていると気付かれる。だけど、30階建ての最上階だから、エレベーターを使っても数分かかる。ゴミ捨てに間に合わせるためには仕方ない。
焦って玄関に走った瞬間、黒い陰が目の前を横切る。
「にゃあ」
「ちょっ……ミク、今あなたと遊んでるヒマはないんですけど」
かわいらしい刺客。それは、雨の日に拾った子猫のミクだった。