契約結婚の終わらせかた
「……」
「……」
その日の夜10時頃に帰宅した伊織さんは、目の前の黒い生き物を射殺さんばかりに睨んでた。
なぜかと言えば、ダイニングでいつも使う椅子――彼は定位置に座る――に、ミクがどっかりと座り込んでくつろいでたから。
「……おい」
「はい」
冷蔵庫からプリンを取り出していた私に向かって、伊織さんが声をかけてきた。よほど腹に据えかねたらしい。
「退かせろ」
「はい。でも、無理だと思いますよ」
プリンをダイニングテーブルに置いた私は、ミクを退かせるべく体に触れる。
「シャアッ!」
ものすごい速さで引っ掛かれた。牙を剥いて威嚇してくるミクに、業を煮やしたか伊織さんが不機嫌な顔で彼女を退かそうとした。
「これくらいで怯むな。所詮はただの猫……」
カプリ、と見事な音が聞こえそうだった。
伊織さんの手のひらにミクが噛みついて、そのままブランとぶら下がってる。
「……」
「……」
すごい根性と顎の力……って感心してる場合じゃない。
「きゅ、救急箱持ってきますね」
無表情なままいつまでも噛みついて離れない猫を眺めてる伊織さんも、どうやらミクからすれば下に見られてると想像しただけでおかしかった。