契約結婚の終わらせかた
伊織さんは私に向かって黙って手を差し出す。はて、と首を捻ると。苛立った彼に舌打ちされてしまいました。
「……持ってきたなら、寄越せ」
「あ、はい」
そういえば一番の目的を忘れちゃいけない、と封筒を伊織さんの手に渡した。
「……ご苦労だった」
ボソッ、と。本当に小さな小さな声だったけど、聞こえた伊織さんのひと言に耳を疑う。
顔を上げて彼を見れば、伊織さんはもう踵を返していて。さっきの海外の人に異国語で謝罪をしているようだった。
……今、労いの言葉が聞こえた。本当に、本当なの?
信じられない気持ちで伊織さんを見ていると、ふと視線に気づいてそちらへ目を向ける。
すると――そこにいたのは艶やかな黒髪が美しい、スーツ姿のキャリアウーマン風の美女。背筋をピンと伸ばした立ち姿がすごく綺麗で、表情からは女性としてもキャリアウーマンとしても、自信にみなぎるものを感じた。
伊織さんの、部下? それとも社長秘書のひとり?
でも、それはどちらでも関係ない。
私がショックだったのは、伊織さんのそばにあんな完璧な美人がいたという現実。
女っ気がないと言われる伊織さんがそばに置くほど信頼されていながらに、女性としても完璧なほどに美しい。それは自分のぽっちゃりな体型や、童顔というコンプレックスを刺激するには十分で。
間に合わせのディスカウント品を身に付けた自分がいたたまれないほど恥ずかしくなる。
……綺麗に、なりたい。
彼女ほどは無理でも、伊織さんの目に映る自分が少しでもみっともなくないように。
生まれて初めて、そう感じた。