いきなりプロポーズ!?
「いいから! ちょっと来て」
「なんだよ」
奴の手を引っ張って、レストランを一度出た。シロクマの剥製の後ろに隠れる。
「ビールがぬるくなるだろ」
「そんな悠長なこと言ってないでよ。なんなの、婚前旅行って」
「なに。そこ? 新婚旅行のほうがよかったとか?」
「ふざけないで!!」
ロビーにいた数人の宿泊客やスタッフも私の声の大きさにこちらを見た。私はひとつ咳払いをして奴に向く。
「だから。な、なんなの。婚前旅行って」
「じゃあ素直にホテル側が手配を間違えてたまたま同室になりましたって説明するのか?」
「当たり前じゃない」
「バカか」
「はああ? あのね!」
バカと言われて頭の中がヒートアップする。再び声を上げてしまい、注目を浴びる。ゴホン。
「なんであんたなんかの恋人を装わなきゃなんないのよ」
「だって考えてみろよ。見ず知らずの男女二人が三日三晩おんなじ部屋だぜ? 他のツアー客がどんな目で俺たちを見る? 好奇の目で見られるに決まってんだろうが。だったらテキトーに話を合わせて恋人ってことにしといた方がいいだろ?」
ああ、そうか。確かに正直に皆に言えば誤解される。それを見越して赤帽男は先手を打った、ということだ。
「でも」
こんな男の恋人だなんて、フリをするのもイヤ。
「やっぱり新婚さんにするか?」
「バカ!」
「それとも既成事実作って、ほんとに恋人になる?」
奴は私ににじり寄る。後ずさりした私の背中は壁にぶつかった。奴が壁に手を突く。顔が近づく。顔を斜めに傾けてくちびるを突き出す。ほ、本気でキスするつもり? シロクマの横で壁ドンされてキスなんて!!
「ぎゃ、ぎやあ●×△%※☆!!」
私は奴の顔をひっかいた。両手で何度も。
「いってえ……」
「ふんっ!」
ミミズ腫れの本数が増えた奴は舌打ちして頬を押さえ、私から離れた。
「とりあえず俺のことは達哉さんって呼べ。俺は愛弓って呼ぶから」
「なんで私のことは呼び捨てなのに、あんたはさん付けなの」
「しょうがねえな。達哉でいいよ」
「そ、そこ?」
赤帽男……達哉は顎でレストラン内を指し、戻ろうと言った。