いきなりプロポーズ!?
 奴と言い争ってるヒマはない。蛇口に手を差し出して水でぬらし、簡単に手櫛で整えた。

 通路を走ってエレベーターに飛び乗り、階下のレストランに向かう。シロクマ剥製の前で神山さんは脇にファイルを抱え、うろうろと8の字無限大を床に書くように歩いていた。まるで立会出産するどこかのご主人みたいに落ち着かない様子で心配そうにしている。達哉が神山さんに声をかけると足を止めて振り向いた。眉間を寄せていた顔は瞬時にぱあっと明るくなった。通電した電球みたいだ。


「ああ、新條さま、真田さま! お待ちしてました!」
「すいません、寝過してしまいました」
「いえいえ。お席はあちらです」


 すでにツアー客でいっぱいだった。中に入るとバターの香りが鼻をつく。入口近くのテーブルにはすでにサーモングリルは届いていた。脇にサフランライス、別添えのサラダ、コンソメスープ。向かい合って腰掛ける。大きい。さすがアメリカンサイズ! こげ茶の網目模様がすごく食欲をそそる。私はフォークとナイフをそれぞれに持ってそれに刺して切り分けた。口に運んでもぐもぐした。料理は少し冷めていたけど遅れてきたから仕方ない。そして次の瞬間、私は向かいに座る奴の顔を見た。奴も私を見ていた。互いに目を合わせて頷き合う。


「美味い」
「うん、美味しい! アメリカだからあんまり期待してなかったけど、柔らかいし臭みもないし」
「ああ。日本じゃこれは食えないな」
「うん」
「美味いけど味わってる暇はないな。早く食って支度しないと」
「そうだね」


 ガツガツ食べる男の人って気持ちいい。悪くないと思う。私も負けじと口に放り込んだ。途中、達哉は私を見ると動きを止めた。


「なに?」
「バカ」
「なによ、いきなり」


 達哉は持っていたスプーンをプレートの上に置いて、その手を私の顔に伸ばした。そして私の下唇に触れると、ちょん、と押す。


「ごはん粒、ついてた」
「や、ありがと」
「お前、ホントに食い意地はってんな。子どもみてえ!」
「うるさい! もうっ!!」




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