いきなりプロポーズ!?
 次の瞬間、奴は鼻を鳴らした。


「バカじゃね?」
「えっ」
「なんで自分を振った奴の話なんて聞くんだよ。訳わかんねーわ」


 奴はココアをまるでビールの一気飲みみたいに飲み干すと、おかわりを取りに立ち上がった。

 バカ、と言われればそうかもしれない。自分にだって十分に自覚はある。三十路を目の前に私を捨てた男が言った台詞を真に受けてこんな僻地にきているのだから。失恋して1年、私は忘れることも縋ることもできなくて、ずっとうろうろしてきた。松田さんを引きずりすぎて他の男の人なんて目に入らない。もし仮に友達や同僚がいい男を紹介するからって言っても、まあそのうちお願いします!って適当にあしらっただろう。だって紹介されてもきっと松田さんと比べてしまうし、松田さんを思い出して上の空でお見合いしてしまう。そんなの相手にも仲介してくれた人に失礼だし、私も惨めになるから嫌だった。もう恋もできない、合コンや婚カツパーティーの類で出会いを求めに行くこともできない、そうやって自分で固い殻を作って閉じこもって1年をやり過ごしてきた。それでも普段はなんでもないふうに平静を装っていた。平常心に保っていれば、いつかは本当に平常心になれる。そう信じていた。

 でも何も変わらなかった。だから何かを変えたかった。ひとり旅、しかも海外の、日本から遠く離れた氷の国。同じ金額ならフランスなりニューヨークなり、もっと華やかな場所もある。それでもオーロラ旅行を選んだのは何かを変えてくれるものがあると直感したからだ。


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