いきなりプロポーズ!?
 しかし。次の瞬間、奴はにやりと口角を上げて笑った。


「嘘に決まってんだろ。バカ」
「……」


 返事をするのも癪で私は黙ってハーブティーを飲んだ。失恋したなら同じだって少し同情したのに、純情な乙女の心をもてあそんでホントにムカつく奴だ。でもこうして達哉の隣にいると気がまぎれる。フラれたことを思い出さなくていいから。

 しばらくしてキャビンオーナーが私たちの前に来た。達哉が立ち上がり英語で会話をする。こんな素敵なキャビンを開放してくれてありがとうございます的な社交辞令を述べてるのはなんとなく分かった。オーナーの優しい笑顔、反対に達哉は目を見開いて驚いた顔をしている。そして振り返るようにして私を見下ろした。


「おい愛弓、行くぞ」
「なに」
「出てるってオーロラ」
「あ……うん」


 私はごくりと唾を飲みこんだ。緊張する。達哉は飲みかけのカップをベンチの座面に起き、脇に置いてあったジャケットを羽織る。そしてポケットから赤い何かを取り出し、頭からかぶる。防寒用のマスクだ。それからいつもの赤い帽子を被る。奴の慌てように私もジャケットを羽織り、ファスナーを閉めようと前かがみになる。そうだった、不良品のファスナーは上がらない。


「ほら。貸せよ」


 私の前でひざまずく赤帽子。私の指に彼の指が触れた。その大きな手でファスナーを締め上げる。


「あ、ありがと」
「あとお前さ、マスク持ってないのか?」
「うん」
「マスクないと鼻毛も凍るぞ。樹氷みたいな白い鼻毛」
「ええ!」
「ほら」


 達哉が私の頭を軽くなでたと思ったら、急に視界は暗くなった。う、息が苦しい。何かを頭から被ったようだ。まさかの窒息死?? かよわい女を襲う強姦魔かと思いきや、殺人鬼だったとか! あの筋肉質な腕なら片手で息の根を止めるのも朝飯前だろう。ああ、父さん母さん親孝行もせずに……。


「貸すよ、マスク。ちょっとじっとしてろ」


 頬のあたりを達哉はなぞる。マスクの位置を調整しているようだ。ゆとりのある布の部分が鼻に回り、息が楽になった。


「いいの?」
「予備に持ってたから」
「ありがと」


 マスクから達哉の匂いがした。ミントの匂い、シャンプーか。

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