いきなりプロポーズ!?
防寒用グローブに手を突っ込んで、ジャケットのフードも被っていざ外に出る。でも私はうれしいというよりは怖かった。別れた元カレはオーロラを見て人生観を変えた。そのオーロラのせいで私はフラれた。私よりもオーロラが素晴らしいというなら納得出来る。そんな気がしたからここに来た。だからこそ、怖いのだ。もし、オーロラがたいしたことなくて私がフラれたなら、私はこの先どうやって生きていけばいいんだろう。なんだか浮気相手と直接対決する気分だ。私を取るの?、オーロラを取るの?、私?、オーロラ?、私、オーロラ……白いマーガレットが私の脳内に現れて一枚ずつ花びらを散らしていく。
顔を上に上げることができなくて、私は白い地面を見つめていた。その視界に突如、達哉の顔が現れた。心配そうに私の顔を見上げている。
「どうかしたか? 寒いのか?」
「ううん。ちょっと見るのが怖いだけ」
「UFOが襲来したわけじゃないだろ。仮に宇宙人が来ても貧乳は連れてかないぜ」
「バカ。そういう怖さじゃないの。ホントにデリカシー氷点下ね」
「オーロラ見に来たんだろ? だったら顔を上げろよ」
横から大きな体を屈めて私の顔をのぞき込んでいた達哉は一度姿勢を戻すと私の前にしゃがんだ。そうしてから再び私の顔を見る。
「顔、上げろよ」
「……」
「くそ。強情な奴。絶対に上に向けてやるわ」
達哉はグローブで人差し指を立てた。
「じゃあ、あっち向いてホイやるか?」
「やらない」
「じゃあキスしてやる」
「え、ええっ!!」
屈んでいた達哉は徐々に腰を上げて、私の顔に顔を近づけてきた。まさか本気?
「ちょちょ、☆★※@%$●○!!」
「よし。上を向いたな。俺の勝ち!」
達哉の戦略にまんまと引っかかって私は空を見上げた。見上げるけど、先ほどと同じく満天の星が見えるだけ。でもあたりのツアー客はキャーとかわーとか悲鳴にも近い声を上げていた。視界の開けた北の空に皆は向いている。でもその方向を向いても薄ぼんやりと雲がかかっているだけ。
すると同じくスカイブルーのジャケットを着た人が二人、私たちのところに向かってくる。達哉のようにマスクで口を覆い、誰が誰だか分からない。背の低い……鈴木夫妻だ。奥様が何かの塊を持ち、旦那さんが三脚を持っている。
「新條さん、愛弓さん! ねえねえ、すごいのよ」
「あの、何が」
「ほうら、見て!」
彼女は持っていた塊を私の前に差し出した。フリースのストールらしきものでグルグル巻きにされている。中から光が見えた。5センチ四方の液晶画面、デジカメだ。私はご主人の顔を見た。
「カメラですか?」
「そうだよ。電子機器は寒さに弱くてね。こういうものに包んでカイロをしのばせて加温しないと作動しなくなるんだよ」
その小さな画面には緑色のひも状のものが横に薄く映っている。その下には針葉樹、左下には誰かが焚いたであろうフラッシュの光と人影。
「オーロラよ」
「あ……ああ!」
「光の弱いオーロラは肉眼だと確認できないんですって。こうやって撮影して初めてわかるらしいの。綺麗よね」
ふうん……これが。このひも状の光がオーロラ。静止画だから当然揺れてもいないのだが、あまりにも貧弱でお粗末で、私には何がきれいなのかよく分からなかった。期待していたものとは明らかに違う初オーロラに私は拍子抜けした。これではまるで、肉眼では確認できないものが画面に映ってしまう心霊写真のようだ。こんなものに負けたのか私は。私の肩に何かがのしかかる。お化け……と思いきや。
「あ、撮れたんですね」
背後から達哉が私の両肩に手を乗せてのぞきこんでいた。
「新條さんはカメラは?」
「いえ。肉眼でゆっくり見たいと思って来たので用意はしてないんです」
「あらそう。心のレンズに焼き付けて、ってところなのね。素敵だわ」
「いえ。でも持ってくればよかったです、こんな風に確認できるなら」
「そうね。これから光が強くなるといいわね、そしたら目視できるものね」