いきなりプロポーズ!?
§1 見知らぬ男と同室?
その日、予約は取れなかった。まだ残暑厳しい9月の初めだったが、すでに予約はいっぱいだった。乗り継ぎなしで行ける直行便のツアーは人気が高く、出た瞬間に即完売なんてことが普通らしい。申し込めたラッキーなお客さんというのは1年も前からメンバー登録をしてツアー催行のお知らせをメールで受け取っているのだと、カウンター越しの女性スタッフは教えてくれた。私は出鼻をくじかれてちょっと下を向いてしまったけど、とりあえずキャンセル待ちをすることにした。
そんなことも忘れていた12月初旬、私のスマホが鳴った。知らない固定電話の番号、タップして通話に出ると聞こえてきたのは旅行代理店の女性スタッフの声だった。キャンセルが出ましたがいかがいたしますか?、と丁寧な口調でたずねられた。私はガンダムに出てくるアムロ級に「いっきまーす!」と大きな声で返事をした。翌日、仕事帰りに旅行代理店によると、青いスカーフを首に巻いたスタッフが優しい笑顔で出迎えてくれた。KKBツアーズ、青い旗がたなびくイラストはこの旅行代理店のトレードマークだ。
で、そのパックツアーの内容というと……。
アラスカ・フェアバンクス4泊6日の旅。地球の磁極を中心とした北緯または南緯64度から70度にかけてぐるりと一周した場所はオーロラベルトと呼ばれている。難しい話は私も分からないから元カレ松田さんの受け売りで言うと、カナダとかフィンランドとか北極に近い国々や、南極方面でいえば昭和基地とかでよく見られるらしい。日本でも北極圏に一番近い北海道では観測されているがそれは稀だ。つまりオーロラが観測できる地域は限られている。そしてオーロラは地上100キロメートルで発生するから晴天率も大きな要素だ。内陸性気候の晴れやすいカナダ・イエローナイフもオーロラ観測で有名だが、日本からの直行便はない。アラスカ・フェアバンクスに向かうツアーも普段は直行便はないのだが、年末にはこうしてツアーが組まれる。英語が苦手な私にも安心な現地係員つき、なので少々値段はお高い。婚約指輪が給与3か月分というなら、この旅行代金は年末年始ということもあり、私の3か月の手取りを優に超えている。
ちなみにオーロラ観賞の季節は冬。緯度の高い地域は夏だと白夜になる。気温は高くなってすごしやすくはなるが、そうなると夜は短く、オーロラ観賞には向かない。そんなアラスカの冬、気温は摂氏マイナス二桁でバナナで釘が打てる世界だ。バラの花びらもパリパリに凍る。シャボン玉も膨らんだ瞬間に凍って、触れても割れなくなるらしい。