〜その唇は嘘をつく〜
「ゆずちゃん、のみこみが早いから教えることなんてもうほとんどないのよ」
「へー、莉緒の後輩がしっかりしたゆずちゃんで安心したよ」
「何よ、その言い方。まるで私がしっかりしてないみたいじゃない」
「違うのか⁈他の患者さんの保険証を俺に渡して慌てて俺の会社まで交換しにきた奴が言えるのか?」
うん⁈と莉緒さんの顔を覗き込む旦那さん。
「そんなことがあったんですか⁈…もしかして、それがきっかけでお付き合いしたとかですか?」
「そうそう…莉緒の奴『慶次、恥ずかしいからやめてよ。私の先輩としての立場もあるんだからね』」
頬を染め旦那さんを上目遣いで睨む莉緒さんの姿にかわいいと思ってしまった。
「ふふふ…」
「ほら、ゆずちゃんに笑われたじゃない」
莉緒さんが慶次さんの腕をスーツの上からつねると今度は慶次さんが莉緒さんのおでこを軽くデコピンする。
そんな2人の姿が微笑ましく見えた。
「いえ、違うんです。羨ましいんです。お2人のように仲良く微笑ましいカップルに憧れます」
「ふふふ、ありがとう。ゆずちゃんにも素敵なパートナーが現れるといいわね」
「いつか出会えたらいいと思います」
「もしかして、すぐに出会ったりして…」
「えっ…」
意味深な言葉をつぶやく慶次さんを見つめていると…
「さっきから、こっちを怖い顔してずっと見ている奴がいるんだよね」
「どこ⁇」
莉緒さんと一緒に周りを見渡す。
数十メートルぐらい離れた場所でこちらをずっと見ている男。
「…ゆう⁈」
「知り合いみたいだね。それじゃ、莉緒、俺らは退散するか⁈」
「そうね。それじゃ、ゆずちゃん明日またね」
「あっ、はい…お疲れさまでした」
慶次さんと腕を組んで莉緒さんは駅のホームへ行ってしまった。
2人を見送る背後にやって来た悠に肩を掴まれた。
「初出勤、お疲れ」
「……なんでいるの⁈」
笑顔を向ける悠を冷たくあしらう。
それなのに…
「ゆずと一緒に帰ろうと思ってさ…」
「なんで⁇」
「一緒に帰りたいから」
真顔でそう言われるといくら幼馴染みとは言え頬が熱くなる。
「…嘘でしょう⁈」
「ばれた…偶然だよ。帰るつもりで駅に来たら、ゆずを見つけて声をかけるタイミング逃してさ…楽しそうにイケメンと話し始めたから邪魔しちゃ悪いと思って話終わるのを待ってただけだよ」
楽しそうにを強く強調する悠。