〜その唇は嘘をつく〜
「彼氏さんの気持ちを考えるとそれくらいしてあげないといけないんじゃないかなぁ」
痴漢した男を諭す駅員さん。
「……」
しぶしぶだが、身分証を駅員さんに渡し誓約書を書く男。
「これでいいですか⁈」
「なんだ、その言い草は。反省してるのか⁈」
半分、逆ギレ気味の男に悠は怒鳴る。
そこへ身分証のコピーをとってきた駅員さんがまぁまぁとなだめてくれて助かった。
「これで、2度目はないですからね」
駅員さんの脅しとも言えるセリフに男は肩を落としていた。
帰宅ラッシュも過ぎ、あちこち空席の目立つ電車に乗ると、ムスッとした悠にがっちりガードされ何事もなく下車する駅のホームに降り立った。
「ねぇ、待ってよ」
終始無言だった悠にとりあえずお礼を言って帰ろうと悠の足を止めた。
「さっきは、いろいろありがとう…悠がいてくれて助かった。私一人じゃ泣き寝入りしてたかもしれない」
「はぁっ、お前、ふざけんな」
「……痛い。離してよ。何、怒ってるの」
突如、怒り出した悠に腕を掴まれ駐車場まで引っ張られると、悠の車の助手席に放り込まれ車が動き出した。
「……私、自転車で来てるんだから降ろし…」
「………」
聞こえている癖に無視を決め込み運転を続ける悠。
普段、チャラチャラと笑顔の絶えない男前が怒ると凄みがあり逆らえないと思ってしまった。
そして、悠の家の駐車場に車を止め車を降りていく。私も車を降りると悠がまた、私の腕を掴み私の家へと入っていく。
「おばさん、ただいま…」
いつもの悠に戻っている。
だからつい
おい…
ここはお前の家かと心の奥で突っ込んだ。
「おかえり…遅かったわね。夕飯食べていくでしょう⁈」
母の視線は悠に向いていて、手を掴まれているこの状況に疑問がわかないようだ。
「はい…いただきます。今日もおばさんのご飯楽しみにしてたんですよ」
いつも、この人当たりのいい笑顔で母を柔軟させているのが腹立たしい。
「あら、お世辞だとわかっててもおばさん嬉しいわ」
「お世話だなんて言ったことないですよ」
「ふふふ…ありがとう。ゆずもおかえり」
やっと気づいたの⁈
悠に腕を掴まれていることを指差しアピールするのに知らぬ顔で悠を家の中に誘う。
「さぁ、お腹空いたでしょう⁈…今日はゆずの就職のお祝いも兼ねて焼肉にしたのよ。たくさんあるから遠慮なく食べてね」
「いただきます」
「……悠、人ん家なんだから遠慮しなさいよ」
「こら、柚月」
「……」
悠の変わりように腹立つんだから仕方ないでしょう。