〜その唇は嘘をつく〜
「よろしい」
ニカっと笑う悠。
「何様」
といいながら、運転する悠に向かって当たらないようにパンチを繰り出した。
「おっ、さすがチビなだけにリーチも短いのか」
と鼻先で笑いだす。
ムカッ
今度は、本気でもう一度パンチをお見舞いしたのに悠の右手の平に阻まれる。
「残念だったな」
やられた。
左ハンドルだから、右利きの悠には有利だった。
フンと窓の景色を眺めていればあっという間に駅の駐車場。
車を降りて駅に向かうと背後から肩を叩かれ
「アロマブラックな…喫煙所にいるからよろしく」
いつもの爽やかな笑顔で喫煙所に行ってしまった。
こんな時だけ、そんな顔するなんてずるい。
逆らえない。
自販機で缶コーヒーを買って悠の元へ
細身のスーツを着こなし、ちょっと結び目を緩めたネクタイでタバコを咥えてる姿をガラス越しに見てキュンと胸が高鳴る。
やっぱり、私おかしいよ。
まるで、悠に恋してるみたい。
缶コーヒーを握ってる手でドキドキする胸を押さえ、高鳴りが平静になるまで立ち止まっていた。
こっちをチラッと見た悠は、また、爽やかに笑う。
その笑顔もう、やめて…
思わず下を向いて目を逸らしていた。
静まるどころか、ドキドキする音が体から溢れ出ているんじゃないかと思うぐらい大きくなっていく。
だから、下を向いたまま背を向け歩き出そうとしたのに、スッと手の中から缶コーヒーを奪われる。
カチッとプルタブを開け一気に飲み干した悠は、缶用のゴミ箱にポイと捨て私の背を押した。
「ほら、ぼーっとしてるな…行くぞ」
改札をくぐり、手が触れそうで触れない距離のまま横に並びホームの前で電車が来るのを待つ。
その間も、ドキドキが止まらない。
自分にしか聞こえないのに、大きくなる音にいたたまれなくて
「ねぇ、大也さんいないね」
「…大也に会いたかったのか⁈」
不機嫌な声色で聞いてくるから、慌てて手の平を横に振り、違うとアピールしてしまう。
やっぱり、私、変だ。
誤解されたくなくて言葉より先に手を振るなんておかしいよ。
「そんなことないけど、この時間帯に乗らなくて大丈夫なのかと思ってたから聞いただけじゃん」
「ふーん、……あいつは、学生だからな…その日によってこの電車に乗ったり乗らなかったりだぞ」
「そっか…そうだよね。それならいいんだ」
「いいのか⁈」
「いいに決まってるじゃん。別に大也さんに会いたい訳じゃないもん」
ムスッとしていた癖に口元を緩め
「そうか…そうだよな」
と呟いていた。