〜その唇は嘘をつく〜

「なんだよ…」

「ううん…なんでもない」

「変な奴」

やせ我慢しているくせに駅に向かって歩く速さは、歩みを私に合わせてくれる。

何気ない優しさが嬉しい。

頬が緩む顔を見られたくなくて肩にかかる上着を交差する手で掴み、顔を隠すように体全体を隠す。

すると上着から香る悠の匂い…甘い、大人の香りに、酔ってきた。

まるで悠に抱きしめられているようで、頬が熱くなり、しだいに思考を奪われるような感覚になる。

どんどん麻痺してくる細胞。

だって、おかしい。

体が言うことをきかない。

手が……

勝手に……

悠の腕に……

「どうした⁇気持ち悪いのか⁇」

歩みを止めて優しい声で私の顔を覗く。

「………」

「……お前、そんな顔するなよ。さっきといい俺のこと試してるのか?」



なんのことか理解できず首を傾げた。

悠は苛立ちを露わに頭をかきむしり叫ぶ。

「あーーお前、マジ腹立つわ」

言い終わるか終わらなうちに肩を掴まれ悠の顔が近づいたと思ったら、唇に熱のこもったキスが落とされた。

駅に向かって歩く人達の視線を浴びながらも止まることないキス。

「んっ………ぁ、はぁっぁ…」

体が痺れたように動くことができない。

唯一、悠の腕に掴んでいた手だけが動く。ワイシャツの袖をぎゅっと握り、拒むこともせず熱いキスに応えて何度も角度を変え、唇を貪っていた。

呼吸するのも忘れてしまうぐらい、悠とのキスは甘く、吐息さえも甘く聞こえて悠から香る強い香りに包まれてこのままずっと触れていたい。

そう思えるほど、夢中になっていたのにふっと離れてしまう唇に寂しさを感じてしまう。

どうして…

と唇だけが動く。

なぜかキスされたことより、キスを止めた理由を知りたかった。

なのに…

「…甘いな……お前、男の前で酒飲むの禁止な」

そう言いながら、悠の指が顎にかかり、親指が唇を拭う。

そして、自分の唇もその指で拭った。

なぜ、ダメなの⁇

何が甘いの⁇

唇…それとも最後に食べたデザート⁇

私の疑問に答えてくれないくせに疑問を残す。

それを問いかける勇気もなくて、見つめる切れ長の瞳に頷くと、そのまま、何もなかったように悠は私を急かして電車に乗る。最寄りの駅からタクシーを拾って家に着くまで沈黙を続けた。

バタンとタクシーのドアが閉まり、行ってしまうと暗闇の中外灯が2人を照らす。
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