〜その唇は嘘をつく〜

「早かったですね」

「かわいい女の子を待たせる訳に行かないからね」

そう言いながら、私の真横に腰を下ろしてる。

楓は、隣に置いた鞄を避けて茶髪の彼に座るように進めるから、逃げ場がない。

触れてくる温もりに私は余裕なんてないのに…余裕の表情で会話も食事も飲み物も楽しむ悠がいた。

「柚月…大丈夫?なんだか元気ないみたいだけど…」

「……うん、きっと、仕事始めたばかりだから疲れが取れないのかも…」

「そう?『そうだね、俺はこいつ連れて帰るんで彼女お願いしますね』」

楓の声に悠の声がかぶさる。

「ちょっと、勝手に決めないでよ。私、1人で帰れるし…」

「ダメだよ。また、痴漢にあいたいの⁈」

「うっ…」

それはイヤだ。

「一緒に帰ろう…」

スッと立ち今迄に聞いたことのない優しい口調で見つめられると素直に頷いてしまう。

「その手はいつから繋いでいたのかな⁈」

ニヤつく楓と茶髪男…いや、溝口さんだっけ?

「始めからだけど」

当たり前のように悪びれもせずにいる悠に、苦笑した溝口さんが手のひらで追い払う。

「お先でーす」

「えっ…ちょっと…楓、またね」

手をヒラヒラさせる楓。

手を繋がれたまま、悠に引っ張られ楓達に挨拶もそこそこでお店を出てしまった。

歩きながらのしばらくの沈黙

手を引っ張られて手が痛い。

「ねぇ、ねぇってば…手を離してよ」

「………柚月…その服でずっといたの?」

「……お昼からだけど」

「ふーん」

その間、駅へと歩みを進める悠に引っ張られて歩く。

手を離す気はないようだ。

あれ?

暗がりの路地に入って行く。

こんな道通った?

「悠…道間違えてる」

「間違えてないけど…」

しばらく歩くとコンクリートの建物

セキュリティを解除して、中へ入るとエレベーターが開く。

10階を押して扉が閉まっていく。

すると、突然…

手を引かれ、悠の腕の中に捕らわれる。

繋いでいた手と腰に回った手で逃げることができない。

「……ここ、どこ?」

「俺の部屋」

私の問いに答えながら、首筋に響く甘い声に声がかすれる。

「…どうして……」

どうして…手を離してくれないの?

どうして…部屋があるの?

どうして…抱きしめるの?

どうして…うなじに悠の顔があるの?

沢山のどうしてが頭の中を駆け巡る。

「何が?」

「だから‥…」

「なに?」

とりあえず、うなじにかかる息をやめてほしい。

「離れて…」

その時にチンと鳴るエレベーター

「仕方ない…着いたか…おいで…」

望み通り離れてくれたけど…うなじに熱を持ち一歩も歩けない。
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