付喪がいた日
 俺には雨造は見えているが、田中には徐々に見えるようになってきているのだろう。俺の腕をつかむ田中の手に力がこもっていっているのがわかる。
「他の奴に見えると煩そうだから、田中にだけ見えるように力を抑えたぞ」
 雨造がそう言った時には、田中は既に俺の背中から離れていた。そして、現世にはいないものである雨造の存在に見入っている。
「番傘の付喪神の雨造。俺のばあちゃんの蔵の中に居たんだ。今では弟みたいなものだよ」
「ムッ……おいらのほうが長く生きているから、弟は変だぞ。光輝」
 俺の説明に雨造が指摘したことで、緊張していた田中の頬が緩んだ気がした。
「付喪神ってすごい。私、妖怪とか一度見てみたかったんだ」
「そう、おいらはすごいんだ。言葉も話せるし、いろんなこともできるんだぞ」
 田中が感動したことで雨造も得意になったのか、胸をそらしながら自分を称賛した。
 俺は無残にも折られた田中の傘を見ながら、どうしてやればいいのか模索する。骨は完全に折れてしまっているから傘としてはもう使えないだろう。けれど、布は汚れてもいないし、柄も可愛い小花模様だ。他の使い道もあると思った。
「カバンにしてみるのはどうかな。素材はビニールだし、柄もいいから、加工したら普段も使えると思うよ。何なら、俺がリメイクしてみるけど……いいか?」
「おいら、田中にそいつを使ってほしい。そいつ、田中のこと大好きって言ってたから」
 俺の話に続いた雨造を見て、田中は微かな笑みを浮かべる。多分、同じ傘の付喪神だからと感じる部分もあったのだろう。
「それなら、お願いしようかな。私もその傘、お気に入りだったんだ。だから、これからも使えると思うとすごく嬉しい」
「決まりだな。じゃあ、この傘は預かるよ」
 ただ、田中の傘の今後は決まっても、雨は降り続けている。豪雨はおさまるどころか、雷も鳴っていた。光った後の音の間隔が長いので雷は遠いと思うが、天気予報では明日まで雨。雨宿りでは濡れるのを回避できない。
「田中、俺の傘貸してやるよ。雨造、よろしく頼む」
「出番か。任せろ。おいら、まだ現代ものには負けないつもりだぞ」
 雨造は、その場で宙返りすると番傘の姿に戻っていた。俺は空中で受けとめると、その反動を使って傘を開く。派手な音を鳴らして開いた番傘は、まるで雨造が使ってもらえると、喜んでいる声にも聞こえた。
 現代の傘と番傘の共演は他の人から見たら奇妙だったのかもしれない。すれ違った人の視線が少し痛かった。けれど、田中は視線を気にすることなく、終始、笑みを浮かべながら雨造のこと、学校のことを話し続けた。
 番傘の姿になったままの雨造が俺に「一緒に、おいらの中に入ればよかったのに」と言いながら、
「おいらの妖力は他にもあるんだぞ。相合傘。文字を変えて愛合傘っていう力もあるんだ」
 と、言っていたのは無視した。どうやら、相合傘をしたら恋が実りやすいということらしい。容姿は子供なのに、変なことに興味があるとみえる。
 帰宅してすぐに田中の傘を直すことにした。雨造がはやく治してやってくれと煩かったためだ。
 まずは傘の布と骨をつなげている糸を切っていく。布を取りはずすと丁寧にそれを水洗いした。
 布を切り分けると、手芸をしている母さんの横に行ってミシンを借りる。
 とはいえ、このミシンの作業は、手芸好きの母さんがほとんどやってくれた。
 興味を示した父さんが缶ビール片手に、一人で作業をしていた俺に話しかけてきたが、その雑談はほとんど聞いていない。
 後になって雨造が教えてくれたが、蔵の骨董品を売って買うことができたルアーの話をしていたようだ。骨董品を売って得た収入のことを母さんに悟られないよう、俺と口裏を合わせろということなのだろうなと解釈した。
「出来たぞ。雨造!」
 自室で作業を終えた時には、つい声をあげてしまうほど俺は充実感を覚えていた。
 雨造も「よかったな。お前」と、姿を変えた仲間に声をかける。そして、傘からカバンになったモノから「ありがとう」とお礼を言われたような気がした。
< 13 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop