付喪がいた日
「忙しいのに平気かい? 来年は受験だろう」
「受験って……附属高校に行くわけじゃないし、大丈夫だよ。近い所に通えたらいいんだし。それにこれでも成績はいいほうなんだぞ」
 祖母は俺に応えるように三面鏡の引き出しから鍵を取り出した。年期の入った鍵だけに、錆び付いているようにも見える。それでも使えるのは、職人の手によって丹精こめて打たれたものだからだろう。
 サンダルを履いて、祖母は蔵に足を向けた。俺は残った氷を口に入れてからついていく。
 ようやく、お宝たちとご対面だ。祖母が鍵を差しこんで蔵を開けるのを、俺は氷を噛み砕きながら見ていた。
「じゃあ開けるよ。おじいさんが亡くなって何度かは開けたけど、奥までは見ていなかったからね。荒れているかもしれないよ」
 軋んだ金属音とともに扉が開かれる。
 祖母が言った通り、奥からホコリとカビが混じった臭いと、噎せるような熱気が襲いかかってきた。途端に目の前が真っ白になる。蓄積されたホコリが舞い上がったらしい。
「ごほっ……予想以上だな」
 中を見ながら、思わず噎せてしまった。目の前は蜘蛛の巣だらけだ。お宝のためだから我慢するしかない。意を決して中に入ろうとすると、祖母は家に戻ろうとしていた。
「あれ、ばあちゃんは中に入らないの?」
 訊くと、祖母は面倒臭そうに「よろしくね」とだけ言って行ってしまった。
 それでもいいかなと俺は思う。後で骨董品を返してくれと言われたらたまらない。
 蔵に残されたものがたくさんある。祖母は確かにそう言った。つまり興味がないだけではなく、価値も理解していないということだ。
 足を踏み入れると加重がかかった床板が苦しそうな音を出す。貴重品を何百年も保管するためにつくられた蔵だ。壊れることはないと思うが、すこし不安になる。チュウという声とともに小さな影が逃げていくのも見えた。
 足場を確認するように慎重に一歩一歩進んでいく。横には壁に直接打ち付けられた棚板が五段あり、全てに木箱が載せてあった。
 中には何が入っているのだろうか。期待してつかむとホコリが舞い上がった。思わず、「ここは腐海かよ」と突っ込みたくなる。
 ホウキと雑巾を持ってくるんだったなと後悔した時だった。上から何かが落ちてきた。硬い部分が後頭部に直撃して、一瞬、意識が飛びそうになる。
「いって……何だよ。これ」
 物に八つ当たりしたい気持ちを抑えながら、転がった木箱を開ける。
 すると見慣れたものが視界に飛びこんできた。掛け軸だ。これはお宝発見と開いてみる。
「おおっ、鑑定番組で見たことある。けどハンコの文字が読めないな」
 お宝には興味はあるが、骨董品の知識はないので誰が書いたものなのかはわからない。
 取り敢えず換金できればいいんだし、価値は考えずに蔵のもの全てまとめて鑑定してもらうことにしよう。
「それは贋作だよ。あとハンコじゃなくて落款(らっかん)っていうんだ」
 その時、どこからか声が聞こえた。
 贋作って偽物ということか。これは落款っていうんだな。いいこと聞いた。
 ――と、思った直後、背筋に寒気がはしった。
 蔵にいるのは俺だけのはずだ。響いた声も祖母ではなく子供の声だった。
 けれど俺は幽霊を信じてはいない。気を取り直し、空耳だと言い聞かせて作業を続行。戸棚の物を取る。
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